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遼州戦記 保安隊日乗

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「馬鹿言ってないでトイレの芳香剤でも何でもいいから持ってきなさいよ!」 
 明華だった。整備員が敬礼し全力疾走でハンガーを出て行く。
「あれだな。たぶん叔父貴の機体、明華の姐御が使うんだぜ」 
 特殊なサイボーグ用の目の辺りを完全に隠すヘルメットを被った要が、見える口元をほころばせながらつぶやいた。
「隊長って出撃時にもタバコ吸うんですか?」 
「出撃時だけじゃねえよ。なんか考える時、あのオッサン、コックピットに座るとひらめくんだと。あ、掃除機持った奴が出てきたよ。灰皿がひっくり返ってでもいたのかな」 
 誠の正面、四式改のコックピットでは整備員達のあわただしいコックピット清掃作業が続いていた。
「すると、第一小隊は待機で、出るのは明華の姐御とリアナお姉さんとアイシャとパーラか。姐御が四式。お姉さんは吉田の丙型、アイシャはシャムのクロームナイトでパーラがタコの千手観音か」 
「クロームナイト?千手観音?」 
 誠は思わず繰り返した。
「シャムのは銀色の機体だ。見りゃわかるだろ?クロームメッキっぽいのと遼南帝国騎士団長だからクロームナイト。タコのは肩の装甲に背中の彫り物と同じデザインの千手観音が書いてあるから千手観音。わかったか?」 
 珍しく要が親切にそう答えた。


 今日から僕は 26


「島田!チェーンガン装填終わったか!終わったらすぐよこせ!」 
 要が指揮所の島田に向けて叫ぶ。島田が振り返り、部下が両手でバツを作って見せるのを確認する。
「すいません三分ください!」 
「じゃあ三分だけだぞ!」 
「そんなことよりいいか?」 
 新しく画面が開き巨大な顔面が出現する。今度はジャガイモにバターを大量に塗ったものを口に運ぶヨハンの姿だった。
「エンゲルバーグ!テメエには用はねえよ!」 
「誰がエンゲルバーグだ!ヨハンだ!ヨハン・シュぺルター!」 
「バーカ。知ってて言ってんに決まってるだろ?」 
「ったく……」 
 ヨハンは肉厚の顔面をさらしながら頭をかく。
「ベルガー大尉、西園寺中尉。二人の機体のモニターの法力ゲージはどうなっていますか?」
「コミュニケーションウィンドウの下のゲージか?私のは緑のラインが限界値まで来てるぞ」「アタシのも同じみたいだねえ」 
 カウラと要は不思議そうにそう言った。
「じゃあ神前。何か二人に言いたいことを考えてみろ」 
 突然のヨハンの言葉に誠は戸惑った。
「考えろって……」 
「誰がしゃべれと言った!考えろ!」 
 怒鳴られて仕方なく、カウラに向かって考えた。
『生きて帰ったら、海、付き合います』 
 画面の中のカウラが頬を赤らめて下を向いた。その様子が不思議なのか要は口をゆがませる。
『西園寺さん。僕は大丈夫です。生きて帰るつもりです』
「なんだ!頭ん中で声がするぞ!」 
「西園寺中尉!そいつが思念通話です!乙式の法術ブースト機能によりあらゆるジャミング等の状況や距離によらない同時通信システムです」 
「じゃあ感応通信機みたいなものか?」 
「まあ今のところそんなもんだと思っていてください。お二人とも神前に言いたいことがあれば考えてください!」 
『わかった、楽しみにしている』 
 カウラの澄んだ声が、誠の頭の中に響く。
『安心しろ、アタシが殺させやしねえよ』 
 画面の中の要の口元が微笑んでいた。
「通信データどうだ!」 
 ヨハンが振り返ったのを見て三人が唖然とする。 
「おいエンゲルバーグ!今の会話傍受してたのか?」 
「一応、通信記録をとる目的でええと西園寺中尉は……」 
「糞野郎!プライバシーの侵害じゃねえか!読んだら殺すからな!」 
 激高する要。うつむいてじっとしているカウラ。
「シュぺルター中尉。内容までわかるんですか?」 
「それじゃなきゃ意味無いだろ?」 
 淡々と答えるヨハンについ絶句した誠がいた。
「シュぺルター中尉……」 
 誠はおずおずと尋ねる。
「安心しろ、野暮なことは言わないから」 
 画面の中いっぱいの顔がほぐれる。誠は思い切りシートに体を預けた。
「第二小隊、良いですか?」 
 新たに画面が開き、サラの赤い髪が映し出される。
「オメエが艦長代行か?大丈夫なのか?」 
 要の悪態を無視してサラは続けた。
「作戦宙域到達まで後15分です。急いでください」 
「アタシに言うな!技術屋に聞いてくれ!」 
「チェーンガン装着準備よろし!」 
「待ってました!」 
 巨大なアサルト・モジュール用チェーンガンがクレーンで持ち上げられ、要の機体に装備される。
「カタパルトデッキの状況は!」 
 カウラが叫んだ。
「いつでも行けます!」 
 島田が叫ぶ。
「西園寺、神前、私の順に出る。西園寺!チェーンガンの設定終了後、すぐに移動開始」 
「人使いが荒いねえ。まあアタシは敵が食えりゃあどうでも良いんだけどな」 
 凶暴そうな笑みが口元からこぼれる要に心寒くなる誠。
『びびんなって、言ったろ?アタシが守るってな!』 
 要は思念通話にもう慣れたらしく誠に話しかける。
『了解しました』 
『硬いねえ。それより胸無し隊長殿に何言ったんだ?』 
『秘密です』 
「まあいいか!」 
「どうした西園寺?何か気になることでも?」 
 カウラが突然言葉を発した要に声をかける。
「いんや、何でもねえよ!それより時間だ。島田!第二小隊二番機、西園寺要、出んぞ!」 
 要はそう叫ぶと機体固定部分をパージしてカタパルトデッキへ機体を動かす。その振動で誠はこれがシミュレーションではなく実戦だと言うことを肌で感じていた。
「アタシについてきな!新兵さんよ!とりあえず戦争の作法って奴を教えてやるよ!」 
 そう言うと要は機をカタパルトデッキに固定させる。誠は続いて固定装置をパージして後に続く。
「おい!サラ!出撃命令まだか!」 
 要が叫ぶ。
「作戦開始地点に到着!各機発進よろし!」 
 サラがやけ気味に叫んだ。
「んじゃ行くぞ!西園寺要!05甲式!出んぞ!」 
 リニアカタパルトが起動し、爆炎とともに要の機体が誠の視線から消えた。誠はオートマチック操作でカタパルトデッキに機体を固定させる。
『大丈夫だ。お前ならやれる』
『ちゃっちゃとついて来いよ。待ってんぜ』 
 カウラと要。二人の思いが誠に直接働きかける。
「神前誠!05乙!出ます!」 
 カタパルトが作動するが、重力制御システムの効いたコックピットは、視野が急激に変わるだけで何の手ごたえも感じなかった。ただ周りの風景だけが移り変わる。
『宇宙だ』 
 誠は射出され、慣性移動からパルス波動エンジンの加速を加えながら目の前に広がる闇の深さに感じ入っていた。
『何、悦にいってるんだ?ちゃっちゃと移動だ。すぐ盆地胸も出てくるぞ!』
 目の前に光る点。要の思念通話が頭の中に響く。
『カウラ=ベルガー!05甲式!出る!』 
 カウラの機体も『高雄』を発艦した。
「まだ『那珂』からの発艦は確認されていません!速やかに目的地点の制圧を完了してください!」 
 赤い髪をなびかせてサラが叫ぶ。
「なんだ。近藤の馬鹿野郎、こんくらいのことも読めねえとはお先が知れるな」 
「戦力差を考えろ!」 
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直