遼州戦記 保安隊日乗
「明石君。話は変わるが、要はまた迷惑をかけていないかね?」
要の父親である。そうわかる目が優しく明石を見つめていた。
「西園寺要中尉は現在は我が隊においてはかけがえの無い戦力で……」
「明石。西園寺卿はまた誰か小突かんかったかと聞いとるんやで。今回は東和で噂の新隊員が配属されたちゅうとったやろ。要坊が新入りぼてくり回さんかったか?ちゅうこっちゃ」
「まず関係は良好であります。それに……」
明石は乾いた口に茶を少し流し込む。
「なんか気にいっとるみたいです」
それを聞いた赤松の表情は狐につままれたという言葉がもっともに合う顔をしていた。じっと基義を見つめる二人。沈黙にたまりかねた基義は少し吹き出した、そしてそれは肩の振るえとなり、ついには腹を抱えて笑い始めた。
「あいつが気に入った?そりゃあいいや。このまま新三のところの楓と女同士で結婚されたらめんどくせえと思ってたんだが。そうか!気に入ったのか」
基義はそう言うと再び部屋の上座に座った。
「赤松中将。早速、陸戦部隊一個中隊を呼んでくれ。この書類は最高レベルの機密書類だ。できれば保安隊の作戦終了時まで伏せておきたい。それと明石君。君もしばらくこの家を出ない方がいい。これからもちゃんと新三の奴の手綱を締めてもらわんといけないからな」
基義のその言葉を聴くと、すぐさま赤松は携帯端末で海軍省との打ち合わせを始めた。
今日から僕は 25
「それでは時計あわせ、三、二、一」
保安隊運用艦『高雄』実働部隊控え室。その名前にもかかわらず、誠はここに乗艦以来、一度も入ったことは無かった。カウラ、シャム、要、誠が直立不動の姿勢で、部隊長代理の吉田がその前に立っている。
「今回の作戦の特機運用は第二小隊だけで行う」
口の中でガムを噛みながら吉田はそう言い切った。
「アタシどうすんの?」
「質問は後だ。現在一一○○(ひとひとまるまる)時。一三○○(ひとさんまるまる)時にハンガーに集合。そして別命あるまで乗機にて待機。以上質問は?」
「ハイ!ハーイ!」
まるで小学生が出来た答えを発表するような勢いでシャムが手を上げた。
「ちなみにシャムの質問はすべて却下する!」
「それひどいよう!俊平!」
「俺には聞こえん!何も見えん!」
吉田とシャムがいつも通りじゃれ始めたので誠達はすることも無く、力を抜いて立っていた。
「吉田少佐。せめて進行ルート等は……」
「すべて搭乗後に連絡する。今回の作戦は非常に機密性が必要とされる作戦だ。それに現状で静観を保っている地球等の異星艦隊の動きがどうなるか読めん。作戦開始時まで何箇所かある進行ルート候補の絞込みを行ってから連絡を入れる」
そう言うと吉田は彼の胸を叩いているシャムの頭を押さえ込んだ。
「離せー!離せー!」
「それよりそいつ何すんだ?」
要はじたばたしているシャムを指差してそう言った。
「こいつと俺は別任務。まあ、今回はお前等で十分だろ?値段じゃあっちの火龍の20倍はする機体なんだぜ05式は。落とされたらシンの旦那が発狂するぞ」
「ふうん。けど新米隊長と実戦経験ゼロの新入り。不測の事態って奴がな……」
「何だ、西園寺は自信が無いのか?」
明らかに挑発する調子で吉田がきり返す。
「そんなこといつ言った!このでく人形が!」
「やめろ!」
カウラの一喝。じたばたするのを止めて恐る恐るカウラの表情をうかがうシャム。ニヤつきながらガムを噛む吉田。挑戦的な視線をカウラに投げる要。誠はじっとしてとりあえず雷が自分に落ちないようにじっとしていた。
「ともかくこれが現状での俺の命令ってわけだ。各員出撃準備にかかれ。それと一応聞いておくけど遺書とか書いとくか?」
「馬鹿言うなよ。アタシが簡単にくたばるように見えるか?」
「必要ない。死ぬつもりは今のところ無い」
要とカウラはそれだけ言うとドアに向けて歩き始めた。
「僕は書きます」
自然と誠の口をついて出た言葉に全員が注目した。つかつかと要は誠に歩み寄り、平手で誠の頬を打った。
「勝手に死ぬな馬鹿!お前が死んでいいのはな!カウラかアタシが命令した時だけだ!勝手に死んでみろ!地獄までついて行って、もう一回殺してやる!」
それだけ言うと要は振り向きもせずに、ドアの向こうに消えていった。
「アイツどうかしたのか?」
要の剣幕に少しばかり首をかしげながら吉田がカウラに尋ねる。
「そんなこともわかんないんだ!この鈍ちん!」
シャムはそう言うと思い切り吉田の足を踏んだ。少し顔をしかめる吉田。
「へえ、あの西園寺がねえ。カウラはどう思ってるの?こいつのこと」
そう言って吉田が呆然と突っ立っている誠を指差した。
「仰ってる意味がわかりませんが?」
本当に不思議そうにカウラは緑色の髪をなびかせながら答える。
「そんなの決まってるじゃん!カウラも誠ちゃんのこと好きなのよね!」
シャムは小さな胸を張って答えた。狐につままれたという顔の典型とでもいう表情を浮かべた誠。そして透き通るような白い肌を紅潮させてうつむくカウラ。
「まあどうでもいいや。誠、どうする?遺書書いとくか?」
投げやりに言う吉田を前に静かに誠は首を横に振った。
「まああれだ。05は素人が乗っても火龍程度は軽くあしらえるスペックなんだ。いざという時は機体を信じろ。まあ俺の言えることはそれくらいだな」
吉田はそう言うとシャムを連れて部屋から出て行った。
「カウラさん?」
うつむいたまま立ち尽くしているカウラに思わず手を伸ばしていた誠。
「隊長命令だ、直立不動の体勢をとれ!」
一語一語、かみ締めるようにしてカウラは誠に命令した。誠は言われるまま靴を鳴らして直立不動の体勢をとる。
「一言、言っておくことがある。これは作戦遂行に当たっての最重要項目である」
「はい!」
うつむいたままのカウラは肩を震わせながら何かに耐えているように誠には見えた。誠を見つめる緑色の瞳。
潤んでいた。
「死ぬな。頼む……」
「はい」
誠は思いもかけぬカウラの言葉に戸惑っていた。同じように自分の言葉に、そして自分のしていることに戸惑っているカウラの姿が目の前にあった。
「言いたいことは、それだけだ。先に出撃準備をしておいてくれ。ハンガーでまた会おう」
カウラは今度は天井を見上げながらそう言った。誠は一度敬礼をした後、静かに控え室から出た。
『高雄』艦内の廊下は同級艦と比べて広めに設計されている。それを差し引いても、誠には私室に続くこの廊下が奇妙なほど長く感じられた。廊下には誰もいない。昨日まで雑談や噂話に明け暮れていたブリッジ要員の女性隊員も、無駄に元気そうにつなぎ姿で馬鹿話に時を費やす技術部員も、カードゲームの負けのことを考えながら頭を抱えている警備部員もそこから姿を消していた。
「静かなものだなあ」
誠はそう独り言を言った後、居住スペースのあるフロアーに向かうべくエレベーターに乗り込んだ。
「んだ?ロボット少佐殿に絞られたのか?」
エレベータ脇の喫煙所で、要がタバコを吸っていた。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直