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遼州戦記 保安隊日乗

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「とりあえず西園寺から取り上げたからカードは返すぞ」 
 島田の前にカードを置くと、マリアは食券を買うための列に戻っていく。
「助かった」 
 どんぶりを置き、マリアに敬礼した後、島田はそのまま机にどっと伏せた。
「良かったですね先輩」 
 安心しきっている島田に声をかける誠。
「良かった。明後日、給料日だろ?これでフロントサスの予約取り消さずに済む」 
「やっぱりお金貸そうか?」 
「だからサラ!甘やかしちゃだめ!」 
 サラとパーラの滑稽なやり取りに思わず誠は声を出して笑った。要の方を見ながら島田は顔をわざと緊張させて話し始めた。
「まあ見た目はああだし、言動は神前の見たとおりだけど意外と慎重派なんだぜ西園寺中尉は。初の実戦にしては今回の出動は危険すぎると言う中尉の気持ちもわからないわけじゃないけどな。どう転んでも近藤の旦那の部隊とかち合うことになるのはもうどうしようもないし」 
 島田がしんみりとした口調で話す。
「結局、第六艦隊の本間提督の出頭を督促した小型艇は拿捕されたらしいしね」 
「通信士はよく知ってるのね。サラ、他に何か情報無いの?」 
 青い目を光らせてパーラがたずねる。
「旗艦の『那珂』はしきりと外惑星軌道上に展開している艦隊に通信送ってるわよ。たぶん吉田少佐なら暗号電文解析して内容もつかんでると思うけど。誠ちゃん、ちょっと湯のみお願い」 
 新入りらしくあごで使われる誠。四人とも現状の話になると顔色は暗くなる。
「この状況を利用しようと考えてる国があるってことよね。そうなると乱戦になって……」 
 パーラの判断に全員の顔が暗くなる。
「隊長のこれまでの戦闘記録は調べたけど。あのオッサン、ああ見えて結構無茶やってるからな。今回も平然としてられるのは正直すごいと思うよ。神前!一つじゃなくて人数分もってこいよ!気の利かない奴だねえ」 
 島田にそう言われて、誠は慌てて部屋の片隅に置かれた湯のみの山から四つの湯のみを取ろうとした。
「神前!五つ持って来い!」 
 そう言うと天ぷら定食を持った要が誠の席の隣に陣取った。
「近藤中佐か。あのオッサンの人脈があるのは、ゲルパルトのネオナチ絡みだから。ブラジルとアルゼンチン、チリあたりの南米諸国が危ねえだろうな。それとシリア、リビア、アルジェリア、パキスタン。アラブ連盟の非主流派の諸国も動くかもしれねえ。場合によってはこれにフランスの一線級艦隊がお出ましになるってとこか?」 
 誠から湯のみを受け取りながら、要はまるで他人事のようにそう言った。
「それじゃあ勝ち目無いじゃない!第三艦隊は不測の事態に備えて胡州の帝都から動けないのよ。それに第一、第四、第五艦隊は今はちょうど遼州太陽の裏で警戒任務中。第二艦隊は大半の艦はドック入り。第七艦隊は遼南艦隊と合同演習中よ。とてもじゃないけど間に合わないわ!」 
 叫ぶパーラ。周りの整備員や警備部の隊員が思わず彼女の言葉に聞き入り、それぞれに不安げに耳打ちをしている。
「びびったのか?そう言う状況だから今の状況が起きたんだ。だが近藤一派も後が無いのには変わりがねえ。地球の反主流派の連中も馬鹿じゃないさ。パーラが思っているような状況が起こりうるにはアタシ等が近藤直下の連中にボコにされてこの艦が沈んだ時だけだ。それまではどの国も事を起こすほど迂闊じゃない。誰だって火中の栗は拾いたくないわな」 
 一切表情を変えず、要は淡々と天汁に薬味を入れてかき回した。
「場合によっては『高雄』をぶつけての白兵戦だ。そのために姐さんがいるんだろ?」 
 隣まで来たマリアに要は向かいに座るように合図する。
「シュバー……いえマリアさん。本当ですか?」 
 マリアは親子丼をパーラの隣の席に置くとゆっくりと箸を割り、ささくれをとり始めた。
「別に私がいるからといって白兵戦闘に持ち込むかどうかは隊長の胸三寸だな。我々は与えられたミッションをこなし、そして最大の戦果を得る。それだけだ」 
 マリアはそう言うとゆっくりとどんぶりを口に持っていく。
「予定では三時間後に予定宙域に到達する。その頃にはすべてがわかるだろう」 
 三時間。誠は息を呑みながら福神漬けを口に放り込んだ。


 今日から僕は 24



「まもなく始まります」 
 胡州の首都、帝都の屋敷町の中でもひときわ大きな豪邸。明石はその枯山水が見える和室に東和軍式の儀礼服姿で正座していた。
『胡州のペテン師』
 そう呼ばれることもある胡州帝国宰相、西園寺基義(さいおんじ もとよし)は明石から先ほど受け取った毛筆で書かれた書類を熱心に読み続けていた。
「しかし、今度はあかんなあ……ええかげん新三(しんざ)の奴にゃあ灸でもすえなあ」 
 西園寺基義の書類を眺めながら、胡州帝国海軍の勤務服姿の赤松忠満(あかまつ ただみつ)は目の前の茶を啜った。
「吉田から話は行っとったわけでは?」 
「すべて、決まった後の事後報告だけや。まあいつかはあの面々の組織は潰さなあかん思うてたところやさかい、ほっといたんやけど、いつの間にやらアメリカやらロシアやらの特使がワイのとこ来て、『これでお願いします!』なんてワイも知らんような計画並べやがって、そっから先はあれよあれよ」 
 愚痴っているはずなのに赤松の表情は明るい。明石はその言葉が途切れたところで西園寺基義の方を見た。
「うむ」 
 分厚い書類をかなりの速度で読み終えた後、静かに言葉を飲み込んで腕を組む西園寺基義。
「次の庶民院に提出する法案ですか?」 
 明石は慣れない標準語で話す。
「そうだ。先の国会で審議不足で先送りとなった憲法の草案とそれに伴う枢密院の改革法の原案だ。まあ新三の本分は法科だからな。第三者的立場で冷静に現状を分析できればこれくらいの物は簡単に作るよ、あいつは」 
 戒厳令下。それを敷くことを決意した宰相とは思えない柔らかい表情を浮かべて西園寺基義は茶を啜る。明石は風刺漫画に強調されて描かれるたれ目が彼の娘である西園寺要との血のつながりを感じさせるようで、直接の会見は初めてだというのに奇妙な安心感を感じていた。
「あの馬鹿、高等予科時代から法律、経済がらみの授業は起きとったですから」 
「他は寝てたんだろ?」 
「いえ、そもそも教室におらんかったです」 
 赤松のその言葉にニヤリと笑う基義。明石は自分を拾ってくれた恩師でもある赤松が嵯峨の予科学校での同期だったことを思い出して頷いた。
「俺と新三、それに要か。三代続けて問題児だったからな、西園寺の家は。まあ出来は新三が一番だろうがね。確かにこの草案、貴族だってことだけで議員席に座ってる馬鹿でも反対できない内容だな。それに運用次第ではそいつ等を政界から追放できる文言まである」 
 それだけ言うと基義は立ち上がり廊下の方へと歩き出した。明石は立ち上がって制止しようとしたが、振り返って穏やかに笑う西園寺の表情を見て手を止めた。
「安心していいよ明石君。この屋敷を狙撃できるポイントはすべてアメリカ軍かロシア軍の特殊部隊が制圧済みなんだろ?嵯峨特務大佐のご威光という奴だな」 
 テラフォーミングから二百年もたったこの大地。風は穏やかだった。胡州、帝都の空は赤く輝いている。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直