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遼州戦記 保安隊日乗

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「それともあの盆地胸に絞られたとか……」 
 要のその言葉に思わず目をそらす誠。
「おい!ちょっとプレゼントがあるんだが、どうする?」 
 鈍く光る要の目を前に、誠は何も出来ずに立ち尽くしていた。
「そうか」 
 要の右ストレートが誠の顔面を捉えた。誠はそのまま廊下の壁に叩きつけられる。口の中が切れて苦い地の味が、誠の口の中いっぱいに広がる。
「どうだ?気合、入ったか?」 
 悪びれもせず、要は誠に背を向ける。
「済まんな。アタシはこう言う人間だから、今、お前にしてやれることなんか何も無い。……本当に済まない」 
 最後の言葉は誠には聞き取れなかった。要の肩が震えていた。
「ありがとうございます!」 
 誠はそう言うと直立不動の姿勢をとり敬礼をした。気が済んだとでも言うように、要は喫煙所の灰皿に吸いさしを押し付ける。
「今度はハンガーで待ってる。それじゃあ」 
 それだけ言うと要はエレベータに乗り込んだ。また一人、残された誠は私室へ急ぐ。
 自分の部屋。それを見るのはこれが最後かもしれない。そんな気分になると奇妙に全身の筋肉が硬直した。恐怖でもない、怒りでも悲しみでもない、そんな気持ち。
 訓練、演習、模擬戦。
 そのどの場面でも感じたことの無い奇妙な緊張感がそこにあった。キーを解除し、殺風景な部屋の中に入る。嵯峨が指摘したように、誠自身も飾りが無さ過ぎる自分の部屋にうんざりしていた。せめて特撮ヒーローのポスターでも貼っておくべきだったと後悔した。
 作業着にガンベルトを巻き、支給された小口径の拳銃ルガーマーク2の入ったホルスターとマガジンポーチを取り付ける。ここに戻ることが出来るだろうか?先ほどの不思議な緊張感が誠の心臓を縛り、動悸は次第に激しくなる。
 右腕の携帯端末を開き時計を見る。
 あと25分。
 中途半端な時間をどう使うか。そう考えて誠には特にすることも無いことに気づいた。とりあえず早めに更衣室に向かうことぐらいが出来ることのすべてだった。ただガンベルトを巻いただけの状態で廊下に出た誠の前にアイシャが立っていた。
「誠ちゃん、顔色悪いわよ」 
 アイシャはもう二日酔いが治ったのか、青ざめた皮膚の色は見た限り残っていなかった。濃紺の長い髪が空調の風にあおられて舞う。
「パイロットスーツってことは出撃ですか?」 
「まあそんなところよ」 
 アイシャはそう言うと今日始めての笑みを浮かべた。
「第一小隊は明石中佐は、現在特命で帝都で任務中。吉田少佐とシャムちゃんは隊長と別任務に就くって話らしいわよ」 
 アイシャはそう言うと少しだけ、ほんの少しだけ笑った。いつもの笑顔に比べるとどこか不器用な笑顔だった。
『この人でも緊張するんだな』 
 誠は当たり前のことに感心している自分が少し滑稽に見えて口元を緩めた。
「更衣室の場所知ってる?とりあえずそこまで行きましょう」 
 そう言うとアイシャは紺色の髪をなびかせて歩き始めた。
「僕のシミュレーションに付き合ってくれたのって、このためだったんですね」 
 誠はとりあえずそう言ってみた。
「まあね。お姉さんから訓練メニュー渡された時からこうなる予想はついていたけど」 
 下降するエレベータのボタンを押すとすぐに扉が開いたので、二人は誰も乗っていない箱の中に入った。
「勝てるんでしょうか?敵は50機近くいるんですよね。こっちは七機……」 
 ひっそりと口を出した誠をこれまでに見たことのない、鋭い視線でアイシャが見つめてくる。
「勝てるか?じゃないわよ。勝つのよ」 
 技術部の庭と言えるハンガーにつながる階で扉が開く。
 ここは別世界だ。
 急ぎ足で指示書片手に行きかう技術部員達。何人かはアイシャに気づき、敬礼をする。
「火器整備班の倉庫の裏側が更衣室よ。それじゃあ」 
 アイシャが不意に誠の顔に唇を近づけ、その額にキスをした。
「よくあるおまじないよ。きっと効くから」 
 そのままアイシャはハンガーの方へ向かった。何が起きたのかわからず、呆然と立ち尽くす誠。
「いいもの見せてもらったよ」 
 話しかけてきたのはキムだった。
「いえ、その、いっ今のは……その」 
「わかってるって。ベルガー大尉と西園寺中尉には黙ってるよ。それよりこれ。一応、お前の場合拳銃だけじゃあかわいそうだから」 
 そう言うとキムは一丁のショットガンを銃身の下にぶら下げたライフル銃とマガジンが三本入ったポーチを差し出した。
「なんですか?これは」 
 誠は奇妙なアサルトライフルを受け取ると眺め回す。
「M635マスターキーカスタム。20世紀末に使われたアメちゃんのサブマシンガン。ストーナーライフルAR15のシステムを9mmパラベラム弾に流用した改造銃だ。まあバレルは下にイサカM37ソウドオフショットガンをアドオンするために別途注文してこの前組み終わった奴だ。ダットサイトのゼロインも済んでるからすぐ使えるぞ」 
 誇らしげに言い切るキム。誠は特にすることもなく銃とマガジンを持て余していた。
「まあ俺としては使われないことを祈るよ。デブリで敵と銃撃戦なんてぞっとするからな。パイロットスーツに着替えるんだろ?何ならうちの兵隊に運ばせるぜ?」 
「じゃあお願いします」 
 そう言うとキムは銃を受け取った。
「飯塚兵長!こいつを第二小隊三号機に持って行け!じゃあがんばれよ!新人君」 
 キムの声を背中に受けて誠は更衣室に入った。
 誰もいない男子用更衣室。机の上には吸殻の山が出来ている大きな灰皿が鎮座している。誠はまずガンベルトをはずし、机の上においた。
『神前』と書かれたロッカー。作業服を脱ぎながらその扉を開くとパイロットスーツにヘルメットが出てくる。
 動悸は止まらない。更に激しく動き出す心臓。喉の奥、胃から物が逆流するような感覚に囚われ、思わず口を押さえる。
「僕らしいか」 
 独り言を言う。
 大学時代、東都学生リーグ三部入れ替え戦。九回まで3安打で抑えてきた。
 しかしエラーとパスボールでランナーは三塁。本塁に行かれたら負けが決まる。
 肩の違和感は消えない。相手はノーヒットだがバットが触れている六番打者。
 カウントはワンストライク、スリーボール。
『あの時は結局カーブでストライクを取りに行ってサヨナラだったっけ』 
 足元まで覆うパイロットスーツを着ながらそんなことを考えていた。動かなくなった左肩をアイシングしながら行った病院で選手生命が絶たれたことを告げられても、それほどショックは受けなかったのも思い出していた。
 いつも気持ちで負けていた。思い出すのはそんなことばかりだった。
 鏡を見た。
 血の気の無い顔がそこに浮かんでいる。
 カウラ、要、アイシャ。彼女等が自分を見て同情するのもこれを見たらうなづける。
『つり橋効果ってこう言うものなのかな』と柄にも無く考える誠。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直