遼州戦記 保安隊日乗
「そうか?俺もここには設立以来と言っても二年前からだけど、いつもこんなもんだぜ。まあ、東和軍はここ二百年も戦争やってない軍隊だから緊張感とか無理に作らなきゃ出ないもんだがな。それとも幹部候補生は見る目が違うのかな」
皮肉めいた調子で島田は話す。島田は技術系の専門職の下士官で、東和軍でも比較的出世が遅いコースである。遼北の技術士官の出世頭、明華には比べるまでも無いが、ゲルパルトの技術系士官コースのヨハンより格下の曹長である。一応少尉扱いの誠を嫉妬するのも頷けた。
「幹部候補と言ってもそれは軍学校から本部詰めの後、地方を回る連中のことですよ。僕みたいにいきなり出向ってのは縁が無いですよ出世なんて」
「確かに。お前が出世するとこは想像できないしな。でも実戦で手柄立てればいいんじゃないのか?東和軍ではせいぜい紛争地帯で白塗りの機体をバリケード代わりにして突っ立ってるくらいしか出番ないし」
「どうですかね」
誠は思わず苦笑いを浮かべる。
「汁ダク、ねぎダクでお願い!」
カウンターに到着すると島田は炊事班にそう告げた。
「こっちは福神漬け倍で」
つい誠もいらない競争心を発揮する。
「はい特盛牛丼、汁ダク、ねぎダクにカツカレーお待ち!」
島田はドンブリを、誠はトレーにカレーの入った皿を載せて空席を探した。
「正人!こっちあいてるよ!誠ちゃんもこっち来なよ」
遠くで燃えるような赤い髪が目立つ、ショートヘアの女性士官が手を振っている。隣はピンク色のロングヘアの女性士官が突っ伏している紺色の髪の女性士官に何か話しているのが見える。
「サラ!サンクス!誠。ついて来い」
島田に導かれ、誠はまっすぐにサラ、パーラ、そしてどう見ても二日酔いのアイシャの待つテーブルへ向かった。
「マサトー!久しぶりね。どうなってるのかしら?整備班の方は」
甘えるような調子で赤い髪をかきあげるサラ。
「まあ殆ど仕切っていないとは言え、あのお人の部下だぜ俺は。機体は完璧に仕上がってるよ。まあどう使うかは実働部隊のお仕事だからな」
島田はあまりにも自然にサラの隣に腰をかけながら誠の方を見つめてくる。
「はい、がんばります。西園寺さんやカウラさんがフォローしてくれればどうにかなると思いますよ」
「どうにかなるじゃ困るんだよなあ。一応、俺がお前さんの機体動作パターンを練り直して調整に調整を重ねた機体だぜ?少なくとも三機は落とせ」
口にくわえた割り箸を割りながら詰め寄る島田。
「無理ね……」
ふっと、紺色の髪をなびかせて起き上がるアイシャ。それだけ言うと目の前にあった梅茶漬けをかきこみ始める。
「そんなこと無いんじゃないの?確かに荒削りだけど、反応速度や索敵能力は05のパイロット向きだと思うわよ。後は細かい状況判断能力だけど、これは実戦で経験を積むしかないわね」
いつものシミュレーションの時と同じく、比較的評価の甘いパーラは誠を励ます。
「一応、最終調整だけど、誠向けに比較的ピーキーにセッティングしてあるから、かなり抑え気味に乗ってくれると結果は出せそうだな」
島田は牛丼をかき混ぜつつそう言った。
「そうですか」
カレーを口に運びながらも明らかにブルーなアイシャの様子が気になる。
「正人。そんなにぐちゃぐちゃにしたら不味そうじゃない!」
「別に俺が食うんだからいいんだよ!それと神前。最後に乗ったシミュレーターの操縦感覚、覚えてるか?」
サラの注意をさえぎるように、そこまで言ってからようやく牛丼を口に運ぶ。
「これまでより遊びが少なかったですね。でもまああれくらいの方が僕は操縦しやすいです」
「さすがウチの大将の指示は的確だね。神前は理系の癖に勘や感覚で機体を運用するタイプって言ってたが、まさにそんな感じだな」
「凄いのね、神前君て。アイシャも何度か落とされたんでしょ?」
サラが青い顔をしたアイシャに話を振る。ようやく梅茶漬けを食べ終わった彼女は、何をするわけでもなく目の前の空間に視線を走らせていた。
「お茶漬けってさ」
突然話し出すアイシャ。
「整備班の酔っ払い連が食べるものだと思ってたけど、こうして二日酔いの状態で食べると……美味しいのねえ」
「はあ?」
そう話しかけられても誠は対処に困った。
「あのー、大丈夫ですか」
「何とかねえ。梅干美味しいわ」
アイシャは残った大き目の梅干を頬張る。
「本当に大丈夫?昨日、要が連れてきた時は本当にびっくりしたけど。結構疲れてたからかしら」
パーラが心配そうにアイシャを諭す。確かに昨日はアイシャは二杯程度しか飲んでいなかった割にはきつそうにしていた。
「まあいいわ。お姉さんがご飯食べられないから……私先行くわ」
そう言うとアイシャはよろよろと立ち上がって茶碗を洗い場に持って行った。
「変なの」
サラは食べ終わった自分の鮭定食を片付けながらそう言った。
「アイシャが変なのはいつもの事でしょ。島田君もそう思うわよねえ」
「まあ、そうっすねえ。でも昨日は神前と飲んでたんでしょ?おい、誠!なんか覚えてる事ないのか?まずいこと言ったとか……ってお前にゃあそんな度胸は無いか。じゃああれだ西園寺中尉が……」
「アタシがどうかしたのか?」
冷や汗をかきながら島田が振り返る。その真後ろに要が立っていた。
「いや、その……クラウゼ大尉の調子が変だったもので」
「なんであの腐ったのが変なのはアタシのせいなんだ?ちゃんと説明してもらおうじゃねえか。なあ?島田曹長」
島田の助けを求める視線がサラに向かう。すると要はサラのほうを見つめる。
「要ちゃん。誤解だよ」
「ふうん。まあいいや。それより島田。カード忘れてきたから奢れや」
「またですか?仕方ないですねえ」
渋々ポケットからカードを取り出すが、反面、島田は安心しているのが誠にも分かった。
「天ぷら定食にでもしようかねえ」
「それはないっすよ、西園寺さん。俺だって今月結構やばいんですから!」
一転して焦っている島田。天ぷら定食は食堂でも一番高いメニューだった。それ以前に要がカードを返すかどうかさえ怪しい。
「いいじゃねえか。後先考えずにバイクの部品ばっか買ってるからそうなるんだよ」
そう言うと要は島田のカードをひったくって食券を買いに行く。
「要ちゃんは元気だね」
「あの人が元気な時はろくな事ねえからなあ。神前、もしここでカード返してもらえ無い時は回収頼むわ。何故かお前の前では素直だからな。あの犬っころも」
「聞こえてんぜ!島田!誰が犬っころだ!なんなら3人前くらい頼んでやろうか!」
「中尉!やめてくださいよ!」
島田の悲鳴が食堂にこだまする。列を作っていた警備部の隊員が笑いを漏らす。
「正人。本当にお金ないなら貸そうか?」
「サラ。甘やかしちゃだめよ。自分の収入と支出のバランスも取れないなんて社会人失格なんだから」
「パーラさんきついですよそれ」
半分なきながら島田は牛丼を口の中にかきこんだ。
「島田曹長!」
凛と通る女性の声が四人を引きつける。そこにはマリアが立っていた。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直