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遼州戦記 保安隊日乗

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 思わず嵯峨が苦笑いを浮かべる。
「そんなのアタシの勝手だろ?しかし、何度も言うけどカウラ本当に飲めないのか?お姉さんとかパーラは結構いける口なのに変じゃないのか?」 
 そう振られてカウラは緑の瞳で誠を一瞥した。悲しい瞳だ。誠はそう感じた。
「私達は確かに人造培養生命体だが、同じ遺伝子を使用して製造されたわけではない。体格や各種性能にはそれぞれ差がある」 
「そう言うこと。でも本当に美味しいお酒ね。隊長、やっぱりこれお姉さんも飲んだ事あるんですか?」
「リアナか?あいつに飲ませてもつまらねえよ。アルコールが入っていりゃあ何でもOKなんだから。それにその後の拷問に俺は耐え切れん」 
 嵯峨はそう言いながら四杯目の酒をあおった。
「誠。とりあえず俺は仮眠を取るわ」 
 それだけ言うと嵯峨は席を立つ。
「叔父貴。これもらっていいのか?」 
 タレ目を輝かせて酒瓶を持ち上げる要。
「勝手にしろ。誠、せいぜい怖いおばさん連に虐められないように!」 
「おばさん言うな!この不良中年が!」 
 要の剣幕に押されるようにして出て行く嵯峨。その様子に少し頬を緩めるカウラ。まったく我が道を行くという様子で酒と角煮を味わうアイシャ。
「西園寺さん、カウラさん、アイシャさん」 
 それぞれの目を見て誠は切り出した。
「なんだよいきなり」 
 要が怪訝な目で誠を見つめる。
「僕は思うんです。ここに来たのは正解かもしれないと」 
「そうよね。こんなきれいなお姉さんが部屋に来てくれるなんて、他の東和軍じゃあ考えられないもんね」 
「自分で言うんじゃねえよ、バーカ!」 
「何よ、きれいなお姉さんには要も入ってるのよ!」 
 要とアイシャのやり取りに思わず声を出して笑うカウラ。
「それもありますけど、隊長とか、明石さんとか、吉田さんとか、明華さんとか、リアナお姉さんとか、マリアさんとか、シン大尉とか。ともかくみんないい人なんで。それで僕が僕の仕事をこなす事でその人達が守れるって事が凄く嬉しいんです」 
「神前の」 
 重々しい口調で切り出す要。
「生意気ですか?」 
「バーカ。ようやく戦う心構えが出来たのかと安心しただけだ。今の気持ち、忘れるなよ。忘れればアタシみたいな外道に落ちる」 
 以前見た陰のある瞳が二つ要の顔に浮かんでいるのを誠は見つけた。要は酒を口の中に流し込む。アイシャは角煮を頬張る。カウラはその様子を心地よい笑顔で眺めている。
「なんか遠足みたいな感じですね」 
 誠は自分より年上に見える女性三人に囲まれて、つい間が持たずに口を滑らせた。
「遠足?」 
 また要が噛み付く下準備をする。
「私とカウラは遠足なんてした事ないから。今回の任務が終わったら夏よね。私は艦長候補研修があるから難しいけど、カウラは何処か行くの?」 
「特に予定はない。それ以前に無駄に動き回るのは私の性に合わない。神前、そこのオレンジ色の小さなセンベイもらっていいか」 
「いいですよ。僕は角煮食べるんで」 
 カウラはいつものように感情が入っていない声で答えた。
「要ちゃんは里帰り?」 
「馬鹿言うな。アタシは実家とは縁切ったんだ!」 
「そう?ただ康子様と楓ちゃんに会いたくないだけなんじゃないの?」 
 図星を突かれてうろたえる要。得意げに鼻歌を歌いながらアイシャはコップの底の酒をあおる。
「おい、アイシャ。飲みすぎじゃないのか?」 
 珍しく要が上機嫌のアイシャに声をかけた。
「飲みすぎ?そんなんじゃないわよ!ただ少し気分がいいだけ。ねえ!誠ちゃん!」 
 誠は思った。明らかにアイシャは出来上がっている。しかもここは誠の部屋だ。どこにも逃げようが無い。
「カウラ、こいつを連れて帰るぞ」 
 要が心配そうな表情の誠に気を使ってカウラに声をかける。カウラも頷くと足をじたばたさせながらわけのわからない言葉を連呼するアイシャを押さえつけた。
「襲われるー!助けて!誠ちゃん!ビアン=ドS大帝、西園寺要がー!!」
「うるせえ!馬鹿!人が来たらどうすんだ!」 
 要がどうにかアイシャを背負い、カウラが後ろからそれを支える。
「大丈夫ですか?」 
 申し訳ない。そう思いながら誠が要に声をかける。
「しかし、初めてじゃないのか?神前。テメエがうちに来てから他人が潰れるの見るの」 
 にやりと笑いながら要が誠の瞳を見つめる。
「じゃあ!出発!進行!」 
「まったく何を考えているのか……、要!大丈夫か?」 
 カウラはアイシャがきつくしがみついているのを見ながら立ち上がった。要はそのままアイシャを背負って部屋から出て行く。カウラは少し遅れて部屋を出ようとするが、また誠の前に戻ってきた。
「神前少尉。頼みがある」 
 緑の前髪がこぼれる額、透き通るような頬を少し赤らめてカウラは言った。
「頼みですか?」 
「そうだ」
 誠は正直カウラの心が読めずにいた。
「もしこの作戦が終わったら、一緒に海に行ってくれないか?」 
 突然の誘い。誠は正直戸惑った。
「それほど深い意味はない。ただ戦場で生き抜くには生き抜いた後になにか頼るべきものが必要だと……本で読んだのでな」 
 カウラの声が次第にか細くなる。
 ひたすら時を待ち、言葉を伝える機会を待っていたようで、かすかに顔にかかる緑の髪が震えている。
「分かりました。約束しますよ」 
「そうか!ありがとう」 
 溢れるような、太陽のような笑みがそこにあった。誠は心からの笑顔を浮かべながら部屋を出て行くカウラを見送った。



 今日から僕は 23


 朝食時。食堂は各部署の隊員が混ざり合い、混雑しているように見えた。事実、食券の自販機の前では整備班員達が談笑しながら順番を待っている。
「よう!誠」 
 声をかけてきたのは島田だった。この所、05式の調整にかかりっきりだった彼をしばらくぶりに見て、誠は少し安心した。
「島田先輩。それにしても混んでますね」 
「まあな。たぶん安心して飯が食える最後の時間になりそうだからな。最後の飯がレーションなんて言うのはいただけないんだろう」 
 そう言うと島田は特盛牛丼のボタンを押す。
「奢るけど、神前は何にする?」 
「いいんですか?それじゃあカツカレーで」 
 食券を受け取り、厨房の前のカウンターに向かう長蛇の列の後ろに付いた。
「しかし、ようやく様になってきたらしいじゃないか。模擬戦」 
 話を振る島田。その言葉に自然と誠の頬は緩む。
「許大佐から聞いたんですか?様になったと言ってもただ撃墜される時間が延びただけですよ」 
「謙遜するなって。どうせ近藤一派の機体は、旧式を馬鹿みたいに火力だけ上げた火龍だ。観測機でも上げてこない限り05(まるご)の敵じゃないよ」 
 列はいつになくゆっくりと進む。食堂で思い思いに談笑し、食事を頬張る隊員達もいつになくリラックスしている。
「でも、大したものですね保安隊は、戦闘宙域まで数時間と言う所でこんなにリラックスできるなんて」 
 誠のその言葉に島田は怪訝な顔をした。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直