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遼州戦記 保安隊日乗

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 そう言いながら細い眼で機体の群れを眺める視線は、サングラス越しでも愛嬌のようなものを誠は感じた。05式の売りはエンジンに対消滅ブラスターエンジンを採用、さらに駆動系を磁力系から流体パルス系に変えたことでパワーに於いて限界が見えてきたと思われてきたアサルト・モジュールの駆動系システムに革新をもたらしたところにあった。
 司法機関ならではの格闘戦が予想されている保安隊に於いては、パワーで既存のアサルト・モジュールを圧倒できる性能が必要とされる事と、次期主力の09式の開発におけるパイロットモデルと言う意味に於いて、開発社の菱川重工によるダンピングがあったことを想定すれば、この機体を導入することを保安隊が決断したことも十分に納得できるものだと誠にもわかった。
 明石はそのまま目を輝かせている誠を眺めた後、すこしばつが悪そうに言葉を続けた。
「それと言うとかなあかんことなんやけど、ちょっとした歩行や地上での模擬格闘戦闘はともかく、今のところうちにはシミュレーターの類が無いからのう。一月に一度『高雄』のある新港基地まで出向いてそこでの訓練になるけ、そん時は気合入れて励めや」
 誠は頭の血が引いていくのが分かった。経験が積めると言う名目で来た部隊にろくに訓練をする施設が無いということに唖然とする。
 同盟機構軍の設立を来年に控えて、同盟司法局の予算が削られているのは聞いてはいた。考えてみれば二つの同質の組織が並立している以上、上層部がどちらかの予算を削ろうと言うことは少し考えればわかる。
 だがいきなりそのような上層部の事情がちらつく言葉をかけられて、明石を見上げる誠の目がきらきらしたものから不満そうな目に変わるのを誠はとめることが出来なかった。
「そんな顔するなや。まあ一度の実戦は一年の訓練に勝ると言うけ、それじゃあ詰め所とか案内するけのう」
 明石はそんな誠を無視するようにハンガーの奥へと歩みを進める。誠の新品の機体の隣には西園寺家の紋所である巴紋を肩にあしらった紫紺の05式が並んでいる。そしてその隣には深い紺色の飾り気の無い機体が並んで立っていた。
「巴の紋所は西園寺の機体や。一応、あいつも胡州四大公爵家の姫君やからな。そして隣の無愛想なのがカウラのじゃ。いろいろ悪戯しようとする奴等もおるが、とりあえず今のところは出荷時の塗装。エンブレムものうなっておる」 
 そして明石は黒と灰色で塗装された機体の前で立ち止まった。
 明石の言葉でもう一度あの暴力タレ目サイボーグこと西園寺要のことを誠は思い出していた。
 胡州の貴族制を支える『領邦』制度。
 それは地球のアメリカ信託統治領から流れ込んだ日系の移民達を建造したコロニーに受け入れることで始まった制度だった。
 胡州では国税と言う発想は無かった。各コロニーや居住区を所領として管理する貴族達がそれぞれに住民から税を徴収し、その一部を国庫に納めるという方式を取っている為、貴族の力は非常に強力だった。
 中でも西園寺家、大河内家、嵯峨家、烏丸家。この四家はそれぞれ領民一億を抱える大貴族と言えた。
 その筆頭の家柄の一人娘である。東和の庶民の息子である誠には想像できない世界だった。
 明石は頭をかきながら誠にその隣の機体を見せた。
「これがワイの機体じゃ。どう見える?」 
 落ち着いた灰色の色調の05式。武装や装備を外してある為、色以外に特に機体の違いは感じられない。肩に何か文様のものが描かれているが、下からではそこに何が描かれているのかわからなかった。
 反応が無いのが面白くないとでも言うように明石はゆっくりと歩き出す。
「そして隣の白の機体がシャムの機体。あいつは遼南内戦からずっとこれやからなあ。ワレも知っとるだろ?あいつの戦果は化け物やからのう」
 そんな言葉を聞きながら誠は言われた期待の隣の機体に目を向けた。これまでの人型の05式とはまるで違う、ジャガイモを思わせるような機体が鎮座していた。
「これが吉田の05式丙型じゃ。一応型番は同じになっとるが、05式の運用に於いて通信系や電子戦のフォロー、それに情報収集に特化した機体じゃ。まああいつは他にとりえもないからな」 
 明石は少しばかりこの機体については投げやりに答えると、そのまま奥の階段を上ろうとした。
「中佐!そこの黒い一機だけモデルが違う方のようなんですが……それにちょっとこれはかなり改造されてて元が何の機体か……」
 階段の手すりに手をかけたまま振り向いた明石が誠の見つめている先にある、増加装甲が特徴的な機体を眺めると語りだした。
「それは嵯峨のオヤジの四式特戦じゃ。知っとるやろ?オヤジが先の大戦で一応エースと呼ばれとったのは。そん時の愛機がこれじゃ。それをまあいろいろ弄り倒してこうなっとるわけじゃ」
 誠はその黒い四式を眺めた。四式、特戦と言う名称からして胡州軍のアサルト・モジュールである。胡州軍は先の大戦では運動性能重視のアサルト・モジュールを多数開発した。だが、誠は四式と言う名称は初耳だった。おそらく試作で終わった機体なのだろう。それも二十年前に。
「ですがそんな時代遅れの機体……」
 話を切り出そうとした誠の口を明石が抑えた。
「四式は胡州陸軍の中でも特筆すべき先進的な設計の機体じゃけ、まあエンジンとOSの技術が機体の基本設計に着いて行けんかったところがあるけ。そんじゃからまあ今でもこうして現役で動いとるわけや。まあ殆ど元の部品は残っとらんし、増加装甲やらアクティブ・ディフェンシブ・システムやらゴテゴテつけて跡形もなくなっとるがのう」
 そう言うと明石は階段をゆっくりと登り始めた。誠はその奇妙なアサルト・モジュールに背を向けて明石のあとに続いた。
 ハンガーでの明石中佐による機体の説明は本当にあっけない内容だった。主要武器の説明も無し、運用関連の説明も無し。誠の一月前に幹部養成校を出た仲間達のアサルト・モジュールに触るまでの配属先での座学・講習の嵐の日々と比べてあまりにもあっけなく説明は終わっていた。
 登りきったところで明石がそっと口に手をやって静かにするように誠に諭した。
 電気が消えた静かな事務所。その手前の廊下。そこに場違いなコーランの高らかな詠唱が響く。
「こっから先は静かに行かんとあかんねん、な?」
 大柄な明石は出来るだけ足音を立てないようにと廊下を進んだ。誠もそのあとを静かに進んでいった。
 廊下を折れて管理部と書かれた部屋の前が誠の視線に入った。そこで一人の髭面の褐色の肌の男が、東和の首都であり、初めてこの星に地球人が降り立った地である東都に向かって礼拝していた。
「あん人が管理部の部長、アブドゥール・シャー・シン主計大尉じゃ。お前が来る前は第三小隊隊長を兼任しとったんじゃ。『ベンガルタイガー』の名は知っとるじゃろ?」
 小声で話しかける明石。誠もシンの噂は聞いたことがあった。今も時折新聞をにぎわす不安定地域東モスレム。そこでの紛争が最盛期を迎えていた誠が中学生の頃に東和に支援されている東モスレム自治政府のエースとして何度も写真を見たことがある男だった。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直