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遼州戦記 保安隊日乗

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「そうだ、こいつなら良いだろ?七輪で焼いたメザシだ。しかもそんじょそこらのメザシじゃないぜ、沖取りの天日干し、手作りの結構いい一品だ。伝(つて)があってね。どうにか手に入れたものだけど、みやげ物屋じゃあめったに扱ってないし、置いてあったとしても結構いい値段するんだぜ。まあとりあえず一匹食えよ」
 そう言うと欠けた皿の上にメザシを置いて誠に差し出す。かなり火が通っているはずなのに、銀色のその姿には張りのようなものがある。一昨日まで暮らしていた東和軍の研修施設の寮で出るメザシとはまるで別の魚の干物のようにも見える。
 誠は仕方が無いと言うように受け取ると頭からそれを頬張った。磯の自然な塩味が口の中に広がる。骨はしっかりしていて噛み砕くのに苦労するが、それを続けると出てきた腸の苦味が口に広がって肉の塩気と混ざり合う。嵯峨が勧めるのも当然だと言うような食べる価値のある一品だった。
「じゃあ俺も食うかねえ」
 嵯峨も焼き立ての一匹のメザシの頭にかぶりついた。そして何度か噛んでみた後、茶碗の酒を取り上げて口に運ぶ。次の瞬間相好を崩して、幸せそうな視線を誠に投げながら今度はメザシの下半身を口に入れる。
「カウラと要には会ったのか?」
 あくまで食事のついで、茶飲み話、そんな雰囲気を纏って嵯峨が口を開いた。空になった茶碗に酒を注ぎ終わると、十分に焼けたメザシを七輪から降ろして皿の上に並べている。
「あいつらがお前の小隊の正規の部隊員ということになるんだが……どっちもきついからねえ……せいぜい虐められないようにがんばってくれよ」
 誠の方を振り向くこともなく、嵯峨はただ皿の上に並んだメザシをどれから食べるかを悩んでいるように見えた。
 誠は二人の上司となる女性のことを思い出した。がさつなサイボーグ西園寺要と何を考えているのかわからない人造人間カウラ・ベルガー。確かにこう纏めてみるとかなり自分の居場所が特殊であることがわかる。さらに嵯峨の言葉がこれからの生活の多くを占めることになるであろう保安隊での生活に不安を掻き立てた。
「一応、会いましたけど、別にそんな怖い人じゃないような……」
 嵯峨のためというよりは自分の為、そんな気持ちで誠はそう言った。
「わかるよそのうち。それにしても後悔してるんじゃねえのか?クラブチームや教育リーグならお前の左腕の貰い手あったらしいし、一応、東都理科大出てるんだ。中堅のメーカーなら就職活動が遅れたからって入れただろ?」
 軍に誘った時にいった言葉と矛盾だらけの言葉を吐く嵯峨に、さすがに気の小さい誠も頭にくる言葉だった。すべて嵯峨の言うとおりである。三球団から教育リーグへの誘いはあった。誠より出遅れた研究室の同期も大学院への進学を考えている者を除けば全員が卒業式までに就職を決めていた。
 だが、もう過去の話だ。そう誠は自分に言い聞かせるようにして目の前で二匹目のメザシを口に運ぼうとする嵯峨に話しかけた。
「ロボットとかそういうの興味があったので……それにこの部隊は非常に錬度の高い部隊と聞かされていたものですから」
 パイロットとしての自分の適正に疑問を持っていた誠は、幹部候補生の教育研修の終盤に出した希望配属先のリストに、誠はすべて技術部門、開発部門への配属希望を出していた。しかし、次の日には特機教導団の隊員と名乗る人物から飲みに誘われたり、現役の試作特機パイロットと言う触れ込みの男の訪問を受けたりと、志望した部門とはまるっきり違う特機パイロット要請過程の関係者の訪問を受けることになった。
 そして最終的には遼州同盟司法実働機関『保安隊』への配属となった。今考えてみれば、誠にパイロットをやらせたかった張本人が目の前でメザシを肴に酒を飲んでいる男かもしれないと思うようになっていた。
「あっそう。まったくどんな説明されたのか知りたくもねえが……おい!タコ!」
 嵯峨が話の途中に急に身を乗りだしてそう叫んだ。誠が振り返ったその先には佐官の夏季勤務服に身を包んだスキンヘッドにサングラスの大男がとうもろこしを頬張っていた。
「奴が実働部隊隊長と保安隊の副長を兼ねてる明石中佐だ。一応、あいつにここの案内させるから……って!ちんたらやってねえで早く来い!」
 明石は食べかけのとうもろこしを置いたままこちらに急ぎ足でやってきた。184cmある誠よりもさらに一回り大きな身長に、まさに『丸太のような』と言うような形容詞が良く似合う筋張った両腕を持つサングラスの男に、かなり誠は気おされていた。
「こいつがお待ち兼ねの新入りだ。早速案内してやんな」
 それだけ言うと嵯峨は再び湯飲み茶碗に手をかけた。
 黙って誠の方を見て頷くと、明石は肩で風を切るようにして歩きだした。バーベキューコンロの周りにたむろしていた勤務服の隊員が明石を見ると自然と道を開ける。サングラスでよくは見えないが、正面に固定されたかのように微動だにしない彼の視線がその異様な風体ともあいまって周りの隊員達を威嚇していた。
『まるでヤクザだな』 
 誠は近づいてきた明石をそう見ていた。立ち止まってそのまま明石は無表情なままでサングラス越しに誠を見つめる。
 そしてにんまりと笑って見せるが、誠から見ればそれは彼を安心させると言うより、不安感を増幅させる効果しかなかった。
「よう来たな。ワシが副長の明石清海(あかしきよみ)中佐や。まあここじゃあ何だ、とりあえずハンガーでワレが乗る機体でも見るか?」
 見た目とは違ったやさしげな調子で誠についてくるように手で合図する明石。誠は運動場の奥でなにやら準備している勤務服の男女が気になったのだが、嬉しそうに誠をつれてハンガーへ向かう明石の後に続いた。
 食べ物を薦めてくる隊員の群れを抜けてハンガーのひんやりとした空気の中に二人は入っていた。特機部隊らしい、オイルの匂いが誠の鼻をついた。
「こいつらがワレが命預けることになる機体ちゅうわけや」
 明石はそう言って目の前に並んだ巨人像のようなアサルト・モジュールを指差した。それは灰色のステルス塗料で塗装され、あちらこちらに今だ新品であると言うことを示すようにテープやビニールで覆われている部分もあった。
 その流麗なフォルムを持つ新型特機。誠はこの機体に乗る為に、この三ヶ月間の間、訓練を重ねてきた。だが訓練用の機体より明らかに分厚く見える不瑕疵金属装甲で覆われたその機体は迫力が違った。
「これって、確か最新式の05式特機(まるごしきとっき)じゃないですか?」
 誠はあえて確認のためにそう言ってみた。軍事関係に明るい人間なら、必要とされる性能をはるかに超える実力とその最悪なコストパフォーマンスで各国への売込みが大失敗するに至った過程を知っていた。
 05式の制式採用をその値段であきらめた東和軍の要請で、この機体の廉価版である09式特機が開発中であることくらいは誠も熟知していた。
「ほう、さすが幹候出じゃのう。ようわかっとるわ。こいつらは先月配備になった新品じゃ。ワシも慣らしで何度か乗ったが、パワーのバランスとOSの思考追従性はぴか一じゃ。まあ実戦くぐらなほんまにええもんかはわからんがのう」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直