遼州戦記 保安隊日乗
「しかしあれを初回から展開したんだろ?しかも二回もだ。誠……お前疲れてないか?」
珍しく嵯峨は心配そうな瞳を誠に向けた。
「とりあえず大丈夫ですけど」
「まあそんなに焦る必要は無いからな。明華、とりあえずこいつ借りるんでよろしく」
嵯峨はそう言って誠を連れてシミュレーションルームを出た。
「急用ですか?」
「まあ、あれだ。出撃タイミングとかは全然話してなかったろ?まあそこを含めての打ち合わせも必要だと思ってな」
相変わらずやる気の無い調子で嵯峨はエレベーターのボタンを押す。
「師範代のことですから、また何か最新情報でも手にしているんじゃないですか?」
「別に。俺以外に聞いても同じような情報だけだよ。現在外部との音信を途絶して司法機関や海軍部隊と対峙している陸軍の基地は23箇所。我々が到着するのは明日以降になるからそれまでにも増えるんじゃないかな?」
まるで他人事だ。嵯峨のそう口走る表情を見てもこれらの現象になんの関心も持っていないことだけは確かなようだった。だがそんな誠の視線などお構いなしに嵯峨は死んだ瞳でじろじろと誠を眺める。
「それにしてもここまで成長するとはな。だが実戦て奴はそう甘いもんじゃないぞ。それは覚えておいた方が身のためだ」
何度か胸ポケットのタバコを触りながら、嵯峨はそう言った。扉が開き、居住区画の廊下を歩きながら嵯峨は左右を見回した。
「神前。とりあえず隊長室でカウラと要坊が待ってるからそっち行っててくれや。俺は一服するから」
嵯峨はそう言うと、自販機横の喫煙所に足を向けた。隊長室のドアを開けると既に要とカウラが来ていた。
「叔父貴何してる?」
ソファーに身を任せ、片足をその前のテーブルに投げ出しながら要が突っ立っている誠にそう言った。
「なんか、タバコ吸ってから来ると言ってましたよ」
「嘘だな。吉田あたりと悪だくみでもしてるんだろ。タバコが吸いたいならここで吸やいいじゃん」
確かにその通りだ。誠は隊長用の大きな机の端に山になっている吸殻を見てそう思った。
「すまんねえ、待たせちゃって」
すぐに嵯峨は悪びれもせずにそう言いながら入ってきた。
「叔父貴。ようやくアタシ等が何すりゃいいか教えてくれるのか?」
見せ付けるようにタバコに火をつけながら要がそう言った。
「まあそんなところかな。神前、別に立ってないでベルガーの隣にでも座れば?」
そう言われて誠は移動しているカウラの隣に腰掛ける。思わず目をそらすカウラ。その様子を見て要は舌打ちをした。
「まあいいや。そんで今回はお前等がアサルト・モジュールでの戦闘を行う事になる」
「だろうな。明石の旦那は胡州の動性を探るために出ちゃってるからな。でもあれだろ?明華の姐さんやお姉さん達が訓練してるんじゃ」
要はそこで大きくタバコの煙を吐き出す。いつものようにカウラはポニーテールの緑の髪を揺らしながら顔をしかめた。
「あくまでも予備戦力だ。実際『那珂』と第六艦隊の近藤一派の保有するアサルト・モジュールがどれほどの数出てくるか分からん。全戦力では53機だが、全パイロットが近藤中佐の指揮の下で動くとは思えんしなあ」
さっきタバコを吸うために席を外すと言いながら、嵯峨はまたポケットからタバコを取り出すが、正面に座ったカウラの緑の目ににらまれて断念した。
「援護無しで敵中突破任務ですか?」
カウラは眉をひそめながら一語一語確かめるようにしていた。
「当たり。まあ、ぶっちゃけたところで、お前等は囮、デコイだ。パイロットの数と多国籍の艦隊がアステロイドベルト付近で観戦している。近藤さんもこいつ等が自分達いわゆる『胡州の志士達』の存在を許すわけの無いことくらいわかっているはずだ。それを読んで動いてくる可能性もあるから予備戦力を持ちたいとは思っても、俺らに潰されたらそれで今回の決起はしまいだ」
そう言うとソファーに腰掛けてタバコに火をつける嵯峨。彼はそのまま一息タバコの煙を吸い込むと安心したように足を組みなおす。
「出だしから躓いたらすべてが無駄になるってことで下手に戦力の出し惜しみはしないだろうな。それに05式の性能データは飛燕の後継機のコンペに提出されている。菱川重工から胡州軍本部にもこちらの手の内は流れている。そうなれば戦闘プラン提案の専門家の近藤さんはこちらの実力も知っていると考えるべきだろうな。そうなると第六艦隊の主力の火龍あたりじゃ数で押すしかないのもわかっての事だろう」
そこで嵯峨はニヤリとした。
「10対1でも勝てと言う訳ですか?」
冷たくカウラはそう言い切った。
「冗談抜かせ!新入りのお守りもいるってのになんでそんな無茶な作戦立てたんだ?」
机を足手蹴りながら要がそう叫んだ。
「怒るなよ。正直、二線級扱いの戦力の第六艦隊だぜ?どうせエースなんていないんだから、お前等二人でお釣りが来るだろ?それに支援と言うわけじゃ無いがワザとパッシブセンサー全開の状態で『高雄』は進軍させる予定だから。当然そちらにも戦力を割いてくるだろうから全体的にはそれほど差は出ないと思うぞ」
弱々しげに、それでいてどこか挑戦的な視線を嵯峨はカウラ達に送った。
「侵攻経路はもう出来ているんでしょうね」
カウラは気を取り直してそう聞いた。
「ああもう出来てるよ。それは一応機密事項なんで、明日の朝には時計合わせするからその時見て頂戴よ」
「了解しました」
そう言うとカウラは席を立った。要は忌々しげにタバコを燻らせている。誠はなんとなく居辛くなってカウラの後に続いた。
「ベルガー大尉」
緑色のポニーテールにしたがって誠はその後に続いた。
「カウラでいい。この部隊の流儀ではそうなっている」
濃い緑色の鋭い視線が誠に突き刺さる。
「じゃあカウラさん。あれだけの説明で終わりなんですか?」
呼び出した割りに説明があれだけとはあまりの事だ。誠はそう思いながら規定どおりに深い緑色の作業服に身を包んだカウラに語りかける。
「少なくともこれが隊長のやり方だ。文句があるなら隊長に言う事だな」
それだけ言うとカウラは長い緑の髪をなびかせて歩き去ろうとする。誠はその後姿を見送っていた。
「素直じゃないよね、カウラちゃんて」
急に背中に甲高い声を聞いたと思って振り返る。何もいない。さらに見下ろす。
「誠ちゃん!あなたまでみんなと同じことやんの!」
降ろした視界の中にシャムが立っていた。いつもの事ながら小さい。
「ナンバルゲニア中尉、実は……」
「それ無し!シャムちゃんでいいよ!」
「じゃあシャム先輩」
「違うの!シャムちゃんなの!」
頬を膨らませながらシャムが抗議する。
「じゃあシャムちゃん」
「なあに。お姉さんで分かる事なら何でも答えちゃうよ!」
無い胸を張りながら得意げに話すシャム。
「そう言えば最近会いませんでしたが……」
「酷いんだ!アタシ隣のトレーニングルームからシミュレーションの画像ずっと見てたのに」
膨らんだ頬はまるでハムスターかリスである。
「すみません。どうもシミュレーターに集中したかったもので」
「じゃあいい。特別に許して進ぜよう!」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直