遼州戦記 保安隊日乗
パーラがライフルを構える前に急制動をかけ、脚部のスラスターに出力をうつして上昇する。4番機の放つ弾幕が紙一重の所を掠めた。
「今だ!」
サーベルを抜き、パーラの機体の頭部に向けて振り下ろした。だが、振り降ろされた描く軌道がパーラの機体とシンクロしているのがわかった。
『やばい!ミスった!』
心の中で誠は叫んだ。パーラも一箇所にじっとしているほど馬鹿ではない。それにサーベルを繰り出すタイミングが早すぎた。サーベルが振り下ろされようとする時、もう既にパーラは機体を退かせようとしながら同時にライフルをつかんだ右手を挙げようとしている。
空を切ろうとするサーベルを見つめている誠は、自分の体に少しばかり異変が起きていることを感じた。
頭に一瞬だけ血の気が抜けていくような感覚が走った。立ちくらみはそれなりに鍛えている誠には経験がなかったが、おそらくこんな感覚なんだろう。そう思った瞬間、コンソール上の見慣れないメーターに反応が出た。
しかしそれでも遅すぎる。事実サーベルは大きく宙を裂いた。
「やられる!」
誠はいつものことだと半分あきらめながらモニターを眺めていた。しかし何故かサーベルを操作する手に重量感のような感覚が走っていた。次の瞬間、モニターの中のパーラ機は真っ二つに切り裂かれていた。
「敵4番機沈黙!やったな!神前少尉!」
爆発に飲み込まれないよう距離をとっている誠の機体に向けてカウラがそう呼びかけてきた。
「落とした?僕が?そんな感覚は……!」
初めての撃墜に上の空だった誠も、コンソールの多くのメーターが大きくぶれていることに気がついた。
「空間がひずんでいる?」
サーベルは仮想敵を斬ったわけではなかった。その存在する空間そのものを切り裂いていた。事実、重力波メーターは反転している。
「次!アイシャがどこかに伏せているはずだ!神前少尉、警戒しつつ前進。西園寺が落とされていれば狙撃が来るぞ!」
とりあえず考えることをやめた誠は、計器類の異常を無視してデブリの中に機体を突っ込ませた。
『パーラさんがポイントマンならアイシャさんも近くにいるはず!』
記憶をアサルト・モジュール戦の教本を思い出すことに集中する。
「こちらから確認しにくくて、攻撃にもすぐうつれるスペースのある場所!」
誠はようやく回復したレーダーと、少ないながらも散々叩かれて鍛えた勘で、戦艦の破片らしきデブリにあたりをつけた。
「神前少尉!狙われているぞ!回避行動を取れ!」
カウラの言葉が響いた時にはもう遅かった。デブリからのぞいているライフルの銃口からレールガンの弾丸が発射された。
『今度はやられる!』
そう観念した次の瞬間、目の前に黒い壁のようなものが展開されていた。
「なんだ!?」
誠が叫ぶ。
弾丸がその奇妙な空間に吸い込まれて消える。センサー系のメーターがまた反転する。ただ黒い空間が目の前に見えるだけだった。
「神前少尉!無事か」
いったん引いたアイシャの代わりに駆けつけたカウラの声が響いた。
「不思議と落ちていません。でも……」
誠は意外な出来事に当惑しながら次第に落ち着いていくメーターを眺めていた。カウラの掃射を浴びて全速力で離脱していくアイシャ機を眺めながら誠は考えていた。
『法術による干渉空間の制御か。シュぺルター中尉が言っていた能力ってこれか?』
「呆けるな!神前少尉!狙撃が来たら一撃だぞ!」
カウラの言うとおりだ。先ほどアイシャの攻撃を凌いだ法術も常に働くと言う保障はない。嵯峨も法術兵器は未だ実験段階だと漏らしていた。
『モルモットか?でもなんで僕が?』
そう思いながらデブリ沿いアイシャを追撃する。
目の前に火線が見え始めた。
「西園寺の奴、どうやら現役の意地で生きているようだな。神前少尉!すぐ救援に向かえ!私はアイシャを片付けてから後に続く!」
カウラはアイシャの消えていったデブリ帯に機体を進めた。たった一人で宇宙空間に取り残されると言うのは気分のいいものではなかった。
『僕には力がある。そうだ力を使えるんだ!』
自分に言い聞かせるようにして誠は言葉を飲み込んだ。三機のアサルト・モジュールが戦闘を行っていた。
明華の四式の黒い機体。本来なら嵯峨の専用機である。
リアナの灰色の05式丙型のシルエット。電子線を得意とする吉田の愛機。
どちらも長距離砲戦仕様の機体が、紫色の要の05式甲型を狙撃している。良く見ればそれは狙撃ではなく威嚇射撃だった。要はこれまで見たことも無いようなトリッキーな動きで二人を翻弄するものの、明華、リアナの的確な火線はライフルでロックオン可能な領域への侵攻を許さない状態が続いている。
「西園寺さん!助太刀に……!」
要に通信を開いた途端、リアナの05式から放たれたロングレンジレールガンの一撃が誠に向かってきた。
『今度だって!』
誠は意識を集中し、機体前面に干渉空間を形成し、いったんは危機を逃れた。計器が大きく乱れ、前方の視界は干渉空間のため殆ど無い。誠は後退しながら計器の回復を待った。
「何!」
そう叫ばなければならなかったのは、ついに要が明華の一撃を食らって撃墜されたからではなかった。
「ごめんねー!誠ちゃん!」
不意に視界が奪われ、リアナのロングレンジライフルがコックピット前面に押し付けられていたからだ。
「参りました」
「そんなに落ち込まないでね、これもあなたのためだから。じゃあ後はカウラちゃんだけね」
そう言うとリアナ機はデブリの中に消えていった。誠はゆっくりとシミュレーターを終了させた。
『惜しかったねえ、神前の』
嵯峨の声が頭の中で響く。誠は突然の事態にシミュレーターのハッチに手を挟む所だった。
『別に驚かすつもりじゃなかったんだがな。そう言えば思念通話の話はしてなかったと思ってな』
「突然びっくりさせないで下さい!以前特殊部隊向けの通信端末をもらった時からある程度予想してましたから」
閉じかけのシミュレーターのハッチを一時的に閉めて、誠はとりあえず嵯峨から情報を引き出すことにした。
「これはシミュレーターに内蔵された法術管制システムの助けを借りて話してるんですか?」
『勘にしてはいいところついてるな。ある意味あたりである意味はずれとでも言った所か?』 まったくつかみどころのない返答が返って来る。
『俺は浅い範囲でお前の心理状況は読ましてもらってたよ。パーラを落としてからの動きは予想通りってところかな。まあ力を信じすぎるのは戦場じゃあ自殺行為だ。少なくともその辺がないのは安心したね』
考えることが読まれている。嵯峨には少なくともその力がある。その事実は誠にとってあまり気持ちのいいものではなかった。
『頭の中読まれるのが気持ち悪いのは同感だ。まあ今回は保安隊隊長の責務としてやったことだ許してくれや。別に大学卒業までまるっきりもてなかった貴様が急にカウラや要やアイシャに持ち上げられていい気になって……』
「読んでるじゃないですか!職務と関係ないこと!」
シミュレーションマシンの中で情けない表情を浮かべて誠は叫んだ。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直