遼州戦記 保安隊日乗
『いやあ面白そうだからついね。まあ三人ともお前さんが来てから妙に元気でね。なんと言ってもあの仏頂面しか見せないカウラが、時々笑うんだからびっくりしたよ。それに要がここのところ一度も誰か殴って暴れたりしてないし、アイシャも槍田をつるし上げるわけでもないしね』
「それは法術とは関係ないんじゃないですか?」
さすがに三人の話をされると照れくさくなって誠は本題に戻ろうとした。
『俺はな、神前の。法術なんてものよりも、お前さんのそう言う所を評価してんだよ。後三日後には作戦宙域に入る。その二日後、同盟会議から自動的にさっき話した法術と言うものの存在とそれの軍事利用の放棄の声明文が出される』
「結果として軍を解雇されるものが多数出てくると?」
それなら僕は要らないじゃないか?誠は自然とそう思いはじめていた。
『逆だな。かなり前から遼州星系各国は秘密裏に法力を持った兵士を集めていた。第一、そんなことでもなけりゃあ、お前さんがここにいるはずがないだろ?各国は表向きは法術使用不可と正札立てておきながら、裏じゃあそれなりの条件で囲い込みにかかるだろうな。たとえばお前さんのレベルの法術師なら……』
「じゃあ今回の作戦はなんの意味があるんですか?」
僕も囲い込まれた口なのか?そんな思いが誠の言葉を支配している。
『外交なんてものは嘘でもいったん表ざたにされればそれなりの効力は持つものだ。確かに力のある奴を手放さないのは事実としても、力の使用に踏み切るまでには相当な覚悟と時間が必要になる。ましてや軍事行動に移るとなれば相当な大掛かりな下準備がいる。そんなことをすれば世間の暇人達が騒ぎさすには十分なでかい音が立つことになるだろうな』
嵯峨の言わんとしていることはよく分かった。
そして司法執行機関で、各軍に対し中立であり、なおかつ作戦行動にいたるまでに必要とされる時間が少なくて済む保安隊の存在の重みが増してくると言うことになる。
『また心を読んじまったけど、大体そんな理解で十分だと思うよ……って腹減ったから後でな』
突然頭の中から嵯峨の存在が消えた。誠は今度は落ち着いてシミュレーターのハッチを開いた。
『あっ、言い忘れたけど思念通話のことは他言無用で』
「分かってますよ!」
歯にものが挟まったような感覚に囚われながら、誠は大声でそう叫んだ。
「なに叫んでんだよ!バーカ!」
要は落とされたことが相当悔しいらしく、誠に意味もなく突っかかってくる。
「でも凄いね!神前君。あんなことが出来るなんて。確かあのサーベル。05式導入の時、装備するかどうかで上と隊長が相当揉めてたってシン大尉が言ってたけど、それなりのものだと言うことね」
早くあがっていたパーラがそう讃えたが、誠はいまひとつのれなかった。
『実戦でこれが使えるのか?本当は師範代に担がれてるんじゃないのか?』
自分でもこんなマイナス思考はとりたくないのだが、どうしてもそう思ってしまうのが誠のサガだった。
「カウラの奴、結構持ってるな」
戦闘中のモニター画面四つがシミュレーションルームから見える。すぐさまアイシャのモニターが消え、シミュレーターの一つのハッチが開いた。
「やっぱり専門職はすごいわ!ああ、参ったねえこりゃ」
おどけながらアイシャが出てきた。
「要ちゃん、落とされたんだ」
「悪りいか?たまにはこんなこともあんだよ!」
「別にそこまで言ってないわよ。ただ誠ちゃんの前でいいとこ見せられなくて残念ね、と言うことは言っといた方がいいかな?」
「おい!アイシャ。もう一回言ってみろ。粥しか食えない口にしてやるからな!」
「怖いよう、先生!要ちゃんたらあんなこと言うのよ」
アイシャがよなよなと誠に擦り寄ってくる。彼女は誠の胸にしがみつくと、今にも涙しそうな表情で誠を見つめた。
「そんな眼で見られると……!」
視界の端に映る要の表情を見つけて、誠ははっとした。助けを求めるようにパーラの方を向いたが、その顔が『ご愁傷様』と言っているのは明らかだった。
「チキショー」
要のこぶしは誠の顔面ではなく、シミュレーションルームの壁にひびを入れるために用いられることになった。そしてそのまま要は不機嫌そうにシミュレーションルームから出て行った。
「怖いわー、誠さん!お願いだから私をあの暴力女から守ってね!」
アイシャのわざとらしい恐怖の表情の下には要の破壊活動の元凶だと言う自覚は絶対にある。誠が見つめる潤んだ眼はどう見ても確信犯のそれだった。
「ちょっと神前君!追いかけなくていいの?」
パーラが心配そうに誠を問い詰める。
「でも僕が原因だし、一応、隊長の命令でここにいるわけだし……」
こういう状況はまったく経験したことがない誠は、おずおずと自分でも言い訳だと分かりつつ言葉をつなぐ。
「神前君。最低ね。それとアイシャ。こんなことばっかりしてると本当に要に襲われるわよ」
「それって禁断の百合ワールドに入るってこと?」
いつものいたずらっぽい笑みを浮かべてアイシャがパーラを見つめた。
「あんたの脳みそ、東和に来てから完全に腐ったわね」
「いいじゃない!楽しいんだから。それに要ちゃん単純だからおなか一杯になればすぐに忘れるわよ」
相変わらずアイシャは誠の胸の中から離れようとはしない。次第にその距離は狭まっていくので、誠は自分の頬が赤く染まっていくのが自覚できた。
「はいはい!喧嘩しちゃ駄目でしょ!アイシャちゃんパーラちゃん!」
カウラに落とされたリアナがシミュレーターから顔をのぞかせた。その妙にホンワカした口調が三人を和ませた。
「またアイシャちゃんが要ちゃんをからかったんでしょ?あの子純粋なんだから虐めちゃだめよ!」
『あのどこが純粋なんだ?』
誠は思った。たぶん残りの二人も同意見だろう。
「やっぱりカウラちゃん強いわねえ。明華ちゃんは結構互角にやってるけど難しいかなあ。それにしても凄いわよ誠ちゃん!このシミュレーター、法術対応システムだから本当にその能力がある人しか反応しないけど一発で決めるなんて!隊長でさえ三回試してようやく起動させたくらいなのに」
よほど嬉しいのか、リアナのニコニコした顔がだんだん近づいてくる。
近づいてきて、近づいてきて、近づいてきて。
そして本当に顔に息がかかるくらいまで近づいてきた。
「あのー」
「どうしたの?誠ちゃん」
天然な人だ。改めてそう思う。さすがにすがりつくのに飽きて少し離れて立っていたアイシャも、その様子を呆れ顔で見ている。
「いい子にはご褒美あげないとね!じゃあご飯奢ってあげようかしら?そうしましょう!アイシャちゃんとパーラちゃんは自腹でお願いね」
ニコニコと太陽のような笑顔と言うものの見本みたいなものが目の前にある。誠もそんなリアナの押しに負けて苦笑いを浮かべながら頷いた。
「それじゃあ、早速行きましょうか!」
「お姉さん!許大佐達は……」
パーラが宥めるような調子でそう言った。
「良いのよ!明華達は戦って友情を深めてるんでしょ。早くしないと置いてくわよ!」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直