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遼州戦記 保安隊日乗

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 平然と政府関係者に脅しをかけたことを認める嵯峨の目が実に生き生きとしているので、誠は半分呆れながら話を聞いていた。
「まあこの組織図は全部俺がお偉いさんに出した仮の奴だからこうなるとは限らんがな。まあこの体勢の実現に向けて一つ段階を踏まにゃあならん」 
「地球諸国に対しての法術の軍事使用の一方的停止宣言。そういうことですか?」 
 黙っていたカウラがそう切り出した。それまでニヤついていた嵯峨の口元が一瞬で引き締まる。
「鋭いねえベルガー大尉殿は」
 薄ら笑いを返しながら、嵯峨はそう口にした。
「何やかや言いながら政治の世界じゃ力と金が全てだ。まあ俺はどちらも好きじゃねえがな」
 また胸のポケットに手をやろうとする嵯峨だが、ヨハンが見ているので手を出せずにまた端末を動かして、今度は条文のようなものの映る画面に切り替えた。
「声明文の試案か?用意がいいねえ」
 要が皮肉たっぷりにそう言って笑う。
「俺はサービス精神の塊だからな。ついでに祝いの酒樽でも贈ろうか?って兄貴に言ったらどやされたよ」 
「当たり前だ!」 
 今度は要がポケットのタバコを手に取ろうとしてヨハンに睨まれた。
「力があることを示しつつ、その力の行使の放棄を宣言する。有利なうちに相手を交渉のテーブルに着かせる。外交での駆け引きの基本だ」 
「別にそりゃ外交だけじゃないだろ。一応、やり手と評判の叔父貴のことだ。ぶう垂れてくる連中の弱みを使ってゆする。いつか刺されるぜ」 
 要の皮肉も嵯峨が相手では通用しない。
「一応はな。今頃、ホットライン上での同盟最高会議が行われていて、俺の提出した案件に関して審議しているとこだが、まあ西モスレムがごねるだろうが通るだろうね。それでももめるようならこのカードを切る」 
 さらに端末を操作して英語で表記された文書を表示させた。
 明らかにアメリカの公文書であることが分かるようなその文書に全員の視線が釘付けになった。
「それってアメリカ陸軍の秘密文書じゃないですか?しかも最高機密クラスの」 
 誠でもそう分かる文書。要の視線は題字に引き付けられていた。
「第、423、実験、魔法大隊?」 
「名前聞くと、なんだかなあと言う気分になるねえ。お前等ほうきで空でも飛ぶんかいと突っ込んじゃったよ俺は」 
 ヨハンが眼を逸らした隙に素早くタバコに火をつけながら嵯峨はそう漏らした。
「アメちゃんの実験部隊か。所在地はネバダの砂漠っと。そう言えば叔父貴が捕虜になってたのもネバタの砂漠かなんかだったろ?」 
 要は思い出したようにそう言った。
「察しがわるいぜ要坊。まあ拡大して文章読んでみりゃすぐ分かるがこいつは俺のデータを基に作られた人工的法術師養成部隊だぜ。まあアメちゃん風に言うなら魔法学校か?」 
 薄ら笑いを浮かべながらそう口にする嵯峨の姿が、誠には少しばかり自虐的に見えた。
「つまりその部隊の実戦投入阻止の為に今回の事件をでっち上げたと言うわけですか?」 
 カウラは真剣だった。誠は身を寄せてくるカウラを背中に感じていた。
『ほんとにペッタンコなんだな』 
 誠は話題についていけず、口にすれば張り倒されるような言葉が浮かんできて苦笑いを浮かべたが、すぐ要が鋭い視線を投げてくるので無意味に口をパクパクさせてごまかす。
「だったら叔父貴よ。何でこの事件をぶつけたんだ?南部諸島や外惑星系にゃあもっと破裂寸前の爆弾が埋まってるだろ?デモンストレーションとしてはそちらの方が効果的なんじゃないのか?」 
 そんな問いに下卑た笑いを浮かべて嵯峨は答えた。
「天秤はな。計るものを置いた位置によってバランスが狂うもんだ。確かに他にも遼州星系には火種なんざ店を広げるくらいあるわな。だが、今回は火種そのものが問題じゃない。俺の顔が使えて、法術に関心がある列強が顔をそろえた舞台での作戦実行と言うことになると近藤資金は一番だったと言うことだ」 
 この人はこんな笑いしか出来なかったのか?嵯峨の浮かべる笑顔が妙に誠の心に引っかかった。
 その時突然内線が鳴った。
「神前の。隊長居るか?」 
 礼服姿の明石の姿がモニターに浮かんだ。
「タコか。すまんねいつもこんな仕事ばかり頼んで」 
 嵯峨はタバコをふかす、横でにらんでいるカウラとヨハン。しかし、不敵な笑みを浮かべる嵯峨はまるで気にする様子は無い。
「気にせんでください、オヤッサン。ワシはこのためにいるんですから」 
「じゃあ忠さんにヨロシク」 
 モニターが消え、再びアメリカの機密文書に切り替わる。
「隊長!忠さんて……」 
「そんなことも知らんのか?新入りはこれだから……」 
 大きくため息をつく要。仕方なく誠は苦笑いで応える。
「仕方が無いだろ要。神前少尉、胡州第三艦隊提督、赤松忠満(あかまつただみつ)中将のことだ。隊長とは……」 
「胡州の西園寺家に養子に入った時からの幼馴染でね。高等予科の同期の桜だ。まあ忠さんに言わせりゃあ腐れ縁だって答えるかも知れんがな」 
 これまで見たことの無い緊張感がありながら穏やかとでも言うべき表情を浮かべた嵯峨の姿がそこにあった。
「しかし、明石中佐が動くことは……」 
「まああれだ。一応タコの奴は胡州海軍関連の人脈が使えるからな。今回は、火はつけました、が風向き変わって丸焼けになりました、と言うわけにもいかんし」 
 そう言いながらタバコをふかす嵯峨。
「そんな怖い顔で見るなよ。俺は気が小さいんだから」 
 準備良く携帯用の灰皿も取り出してタバコを収めた。
「そうだ神前の。ちゃんと特訓してもらってるか?」 
 嵯峨は再びつけたタバコの火を見つめながら一息つくとそう切り出してきた。
「まあなんとかやってますが、剣一本じゃ何も出来ませんよ」 
「まあ普通の戦い方してたら勝ち目がないのは分かっちゃいたけどね」 
「分かっていたなら教えてくれてもいいじゃないですか!」 
 タバコの煙が室内に充満してきた。さすがに耐えられなくなったのか、要もポケットからタバコを取り出して火をつける。
「法術兵器はまだ実験段階だからな。あのダンビラだって菱川重工からの借りもんだ。そっち系のマニュアルは確かシミュレーターに積んであるって吉田から聞いたんだが……」 
「吉田少佐とは殆ど会っていないんですが……」 
「まああれだ。戦闘行動ってものがどういうものかってのが分かっただけで良しってことで」
「叔父貴……そりゃちょっと酷くないか?これからアタシとカウラがこいつに付き合うからな」 
「西園寺さん……」 
 手を伸ばして感謝を示そうとする誠の手を振りほどくと、要は頬を赤らめながらそっぽを向く。
「別に……アタシはお前の事なんかどうでもいいんだが、目の前で死なれちゃ寝覚めが悪いかだけで……」 
「西園寺。貴様の気持ちなどどうでもいいことだ。それでは隊長!私達はシミュレーションルームへ行きますので!」 
 カウラが素早く敬礼をして歩いていく。それにつられて誠も敬礼の後その後に続く。
「ったくカウラの奴が。ゆっくりタバコも吸えねえや!」 
 要はそう言うと嵯峨の手にある携帯用灰皿に吸いガラをねじ込んだ後、不愉快そうに頭をかきながら出て行った。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直