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遼州戦記 保安隊日乗

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「他にも知りたいか?あとはシン大尉は間違いなくパイロキネシストだよ。東ムスリム紛争の折に何度かその力を使用した事実は確認されていて、記録もちゃんと残ってる。まあそれだけだけどな」 
 一方的にそこまで話すと満足したようにモニターに向き直る。そしてそれ以上は全然説明をする気はないとでも言うように、ヨハンはのんびりした動きで背中を掻いている。
「ヨハン!テメエやる気ねえだろ!」 
 そんな態度に切れかける要。それを制して誠は話し始めた。
「僕はそんな力があるなんて自覚も無いですし、訓練も受けてないですよ。なのにいきなり実戦でそれを使えと言われてできるわけが無いじゃないですか」 
「まあ言い分は分かる。神前の今の状況はかわいそうだなあと俺は思うよ。だけどまあ、お偉いさんと一部の研究機関の他は情報公開する気がまるっきり無いだけじゃなく、積極的に隠蔽工作を続けてきたのがこれまでの法術というものの歴史さ。今こうして話したことだって隊長には内緒の話なんだぜ」 
 ヨハンはそう言うとコンソールパネルの上に重ねられたデータディスクの山を漁って、一枚のディスクを手に取った。
「ベルガー大尉。一応小隊長権限ならこのディスクは見れるようになってるよ。どうしても不安ならこいつを見な」 
 むくんでいるように見えるヨハンの手からディスクを受け取るカウラ。
「つまりアタシと新入りは見るなって事か?」 
「しょうがねえだろ?この手の話は上の方でもかなりデリケートな対応が要求されているんだ、今のところは。俺も自分の身がかわいいからな」  
「今の所はと言ったな。シュぺルター中尉」 
 カウラはディスクのラベルを確認するとそう言った。
「そう。『今の所』だな」 
 自分の言葉をかみ締めるようにしてヨハンはそう繰り返した。
「それより面白い話があるんだが知ってるか?」 
 ようやく回転椅子を軋ませながらヨハンが振り返る。
「面白い話?」 
「とうとう出たよ、近藤中佐に同調して外部との連絡を絶って篭城した部隊」 
 聞き入るカウラと要。それに対してペースを変えずにポテトチップスを食べ続けるヨハン。
「どこの部隊だ」 
 きつい口調で要が詰問する。
「胡州陸軍西部軍管区下河内特機連隊」 
 その言葉に要は表情を変えた。そしてカウラは叫んでいた。
「下河内特機連隊だと!馬鹿言うな!あそこの連隊長の油田(あぶらだ)中佐は……」 
「それ以前に下河内連隊の初代連隊長が叔父貴だって事を忘れるなよ。ヨハン!対応に当たった部隊はどこだ?」 
 激高するカウラの肩を押さえつけ、要が冷静な調子で切り出した。
「出動したのは海軍第三艦隊教導戦闘隊。つまり、オヤッサンのとこの妹君だ」 
 ヨハンの緊張感の無い声が低く響く。
「なるほどねえ。で、油田の旦那。なにか声明でもだしたか?」 
「声明等はまるで無し。ただ通用門に完全武装の警備員を配置。最新の飛燕改42型三機を起動させて警戒しているそうだ」 
「声明は無しか。同調する部隊はあるのか?」 
「今の所は胡州の衛星軌道コロニーの警備部隊の一部が動いてるらしい。ただ軍団司令クラスは全て憲兵隊が眼を光らせている。動きたくても動けないってのが現状なんじゃないのか」 
 ヨハンはようやく振り向いて要の顔を見上げた。笑みが浮かんだ所から始まり、要は大声で笑い始めた。
「何がおかしい!」 
 カウラがそう尋ねても要は腹を抱えて笑い続けていた。
「西園寺さん?」 
 ようやく一息ついたところを見計らって誠がそう声をかけた。
「叔父貴の野郎!仕掛けやがった!まったく……近藤の旦那もご愁傷様だ。これであの旦那は退路を絶たれたわけだからな」 
「どう言う事だ!西園寺!」 
 突然の要の言葉に戸惑いつつカウラが口を開く。要は未だ笑いが止まらないとでも言うようにしてゆっくりと語った。
「分かっちまったよ。油田中佐は叔父貴の直参だ。先の大戦を叔父貴の指揮の下生き残った下河内連隊の生え抜き。叔父貴が動けと言わなければ絶対動かん。つまりだ……」 
「隊長がそう指示したと?」 
「他にどう説明する?それに対応部隊は楓が隊長をしている。事後のことを考えれば決起は部隊内の近藤シンパがやったとかいい加減なこと抜かしてうやむやにできる条件は揃っている。しかもこのところの幹部の逮捕や天誅組騒ぎ。近藤一派で今、冷静に対応できる連中がどれだけいるか……本部詰め上がりの馬鹿タレにゃあそれを求めるのは無理ってもんだ」 
「それじゃあ、何のために嵯峨大佐はこんなことを?」 
 思わず誠はそう口走っていた。要はようやく落ち着いたとでも言うように誠を見つめた。
 これまでに無いような残忍な瞳が誠の意識を貫いた。
「あのオッサンはな、見せるつもりなんだよ。これまで公然の秘密とされていたこと。押し隠され、誰もが口にすることをはばかっていた力の存在を」 
 誠はそこで気づいた。
「現在、遼州星系近辺に展開中の地球の大国や他の植民星系の独立軍を証人としてその力の保有を宣言すること。衆人環視の下での法術兵器の使用のデモンストレーション。それが叔父貴の狙いだ。あの人格破綻者め、天地をひっくり返すつもりだぜ……」 
 その言葉はゆっくりと誠の心の中を滞留した。対する言葉を一つとして持たないまま。そしてその中心に自分という存在があることを。
「いい推理だな!それでこそ俺の姪っ子と言うものだ!正解!正解!大正解っと」 
 急に扉が開き、嵯峨が入り込んできた。
「隊長。一応この部屋禁煙なんですが……」 
 ヨハンは胸のポケットに手をやろうとした嵯峨に向けてそう言った。
「そうかい。で、オメエ達は俺が何しようとしてるか知りたいわけだろ?」 
 別に誰に話しかけると言うわけでもなく中空に言葉を発しながら、嵯峨は手近な所にあった端末を操作している。
「まあねえ、俺もこんな派手なデモンストレーションはしたくなかったんだがな。臭いものには蓋をした上で縄で縛って海に沈めるのが俺の性分だが……これで隊長権限のパスワードを入力してっと」 
 全員の視線がモニターに注がれた。まず東和の現行の軍組織図と警察組織図が映し出される。
「叔父貴。何が言いてえんだ?」 
 要がわざわざそんな図面を引っ張ってきた嵯峨に噛み付いた。
「焦りなさんな、物事には順序ってのがあるんだぜ?これが現行の東和の実力執行部隊の組織図って事は、まあこの業界にいる人間には周知のことだ。それが今回の騒動が終わるとこうなる」 
 嵯峨がキーを弾くと図面が瞬時に入れ替わり軍の機動部隊が一挙に減り、警察部隊に飲み込まれた。そして同盟直属の遊撃部隊の欄が新たに書き加えられている。
「おい、叔父貴。なんだってこうなるって言えるんだ?」 
「俺は一応一国の皇帝やってたことがあるんだぜ?反対勢力の切り崩し方なんざ朝飯前だ。ちょっとした魔法を使えば簡単に……」 
「叔父貴。またあれか?スキャンダルでもつかんで脅しでもかけたのか?」 
「人聞きの悪いこと言うなよ。ちょっとした世間話をしたら分かってくれただけだ。まあ今回の件ではあっちこっちにかなり借りが多くなっちまったがな」 
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直