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遼州戦記 保安隊日乗

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「全員起動終了したわね。チーム分けは実働部隊対支援部門と言うことでいいな」 
 モニターの中の明華の一言に頷くアイシャ達。だが、相変わらずカウラは渋い顔をしていた。
「許大佐!チームバランスが悪いような気がするのですが?」 
「カウラちゃんは心配性ねえ。私達はここ5年は実戦経験してないのよ」 
「ですが、鈴木中佐」 
 カウラは二人の上官の提案に食い下がっている。その理由は誠も先日のシミュレーションの経験からよく分かっていた。明華、リアナともに誠を鍛えてくれた東和第三教導連隊の教官を凌ぐ腕だ。当然アイシャも素人の動きなどしてはくれない。
 前回のように戦力が拮抗していればチャンスは生まれるが、今回は数の上でも劣勢。また彼の機体の武器は腰にぶら下げたサーベル一本。所詮、囮ぐらいの役にしか立たない。
「まあいいです。今回の出動では数の上で劣勢になるのは明白ですから」 
 あきらめた。言葉の裏からそんな気持ちが伝わってくるようにカウラがつぶやいた。
「では始める。私は四式改を使用するが、まあハンデとでも思ってくれ」 
 明華は誠達に告げた。画面の中に嵯峨の愛機の黒い四式改の姿が映る。誠はそれが『もっとも美しいアサルト・モジュール』と言う模型雑誌の特集の表紙を飾っていたことがあるのを思い出して苦笑いを浮かべた。
「重火器での制圧射撃メインか。神前少尉。許大佐は貴様が担当しろ。私は残りの三人を叩く」
 秘匿回線でカウラはそう告げた。
「ですがベルガー大尉。僕の機体は飛び道具無しですよ」
 相変わらずの弱気な誠にカウラの表情がさらに険しくなる。 
「分かっている。しかし05式の運動性能があれば、そうそう直撃弾は食らわないはずだ。もっとも、その自信がなければ別の策で行くが」 
 挑発している。それはわかる。そしてそんなカウラには言っていい言葉は一つしかなかった。
「やらせてもらいます!」 
 誠はそう言うと深呼吸をした後、操縦棹を握った。


 今日から僕は 17


「結局、タコ殴りですか」
 誠は天井を見上げて大きく息を吐いた。 
「気にするな。最後のミッションではあの許大佐を無力化させるところまで行ったじゃないか」 
 模擬戦の結果は無残なものだった。
 まず明華達は誠を無視してカウラ機に集中攻撃を行い、確実に仕留めてから何も出来ない誠を狩り出した。カウラが言う四本目の模擬戦でも、彼女が勝ちに乗る明華を引っ張りまわした所に、たまたま飛び出してサーベルでライフルを叩き切っただけで、中破が精一杯だった。もちろんその後に残った三機から集中砲火を浴びたことは言うまでもない。
 それが実戦だったら、こうして食堂でチキンカレーをカウラと向かい合って食べることなど出来ないだろう。そう思うとどうしても誠の食が進まない。
「気にするな。相手が05式と隊長向けカスタムの四式だ。胡州第六艦隊の主力は疾風と火龍だ。性能的にはかなりこちらに分がある」 
「なに甘いこと抜かしてんだ?新米隊長さんよ」 
 カレーの皿を持った要がいつの間にかカウラの横に座っていた。
「確かに性能の差はでかい。けど、こんな使えない新人さんとご一緒するわけだ。パニクられでもしたら、怯えた新兵の流れ弾浴びて間抜け面して地獄行き、なんてことになるんだぜ?ああ、そうか。その為に叔父貴はこいつから飛び道具を取り上げたんだっけな」
 要はそう言うとカレーを口の中に流し込むと言った風情で食べ始めた。
「その為に神前少尉には接敵予定時間までシミュレーションでの模擬戦訓練のメニューを多めにとってある」 
「ふうん。それでアタシと新米隊長さんがシミュレーションの予定が入れられないと」 
 やけに絡む要。誠も彼女がそれなりの修羅場を経験して同じように新人に振り回されたことがあるのだろうかと邪推してしまっていた。
「これは明石中佐の作成したプログラムだ。私にどうにかできるというものではない」 
「なんだろねえ……」
 そう言って頭を掻く要。そして真面目な目でカウラをにらみつけた。
「アタシが言いたいのはだな。こんな役立たずに訓練させる時間があったら、アタシ等の実機搭乗による模擬戦とかやった方がより建設的だって言うことなんだよ。05式の機種転換訓練は地上の菱川重工の演習所でやったが、宇宙は初めてだ。それにあんだけの時間で慣れろって言う方が……」 
「そうか、貴様が臆病なのはよく分かった」 
 挑発するような笑みを浮かべてカウラが小声でそう言った。要が握っていたスプーンを親指で簡単に折り曲げた。警備部の猛者の雑談で、かつて彼女が『山犬』と呼ばれていたことは誠も知っていた。そんな彼女らしい残酷さを帯びた視線がカウラのそれと鉢合わせしている。誠はこの場をどう切り抜けるか策をめぐらすが、二人の険悪な雰囲気に飲まれて何も出来ないでいた。
「なんだ。決闘でも始めるつもりか?なんなら見届けてやってもいいぞ」 
 そう声をかけてきたのがマリアだった。警備部の部下を連れて、隣のテーブルを占拠する。やる気をそがれたと言うようにマリアに目を向ける要。
「分かったよマリアの姐さん。ここは引いとくがカウラ!今度の出撃の時は背中に気をつけることだな」 
「餓鬼みたいなこと言っている状況か?それよりついに天誅組が出たそうだ」 
 マリアの言葉は要とカウラに水をかけるような効果があった。近藤一派、あるいはそのシンパのテロ。誠はそれが起きるのを予想していなかった自分の甘さに打ちのめされた。カウラも要も当然と言うように驚くわけでもなくマリアを見上げる。
「狙われたのは親父か?」 
 真剣な調子で要が口を開いた。
「さすがにVIPを狙うほど国権派の勢力は大きくない。まして西園寺首相の周りにはシークレットサービスだけじゃなく胡州警察が警備要員を相当数貼り付けているし、同盟公安局のエージェントが報道にまぎれて目を光らせている」 
「じゃああれか?陸軍省内部か?同士討ちとは……らしいと言えばらしいか……」 
「そう言うことだ。作戦部付の将校が出勤してきた小見(おみ)胡州陸軍諜報部長を拳銃で撃ったそうだ。撃った将校はすぐ捕らえられ現在取調べ中。完全黙秘を続けてるらしい」 
『追い詰められているのか?それとも追い詰めているのか?』 
 誠は心の中でそう思った。
 戦闘艦の内惑星での長空間転移が禁止されている東都条約が有効である以上、その法規の管理者であるという側面もある保安隊には全速力で胡州の勢力圏へ到着するまで状況をなすすべも無く見守るしかない。しかし、明らかに胡州の混乱は拡大しつつある。
 そう思うとまた先ほどの模擬戦の無様な負け方が気になり始めた。


 今日から僕は 18


「状況は全て嵯峨隊長の思惑通りと言うわけだ」 
 マリアは部下からカレーの皿を受け取りながらそう続けた。その表情が微笑んでいるように見えるのは彼女もまた戦場を駆けてきた猛者だと言う証なのかと誠は背筋が寒くなるのを感じた。
「この状態が隊長の望んだことなのですか?」 
 その意外なマリアの言葉におずおずと誠がため息を漏らす。それを見ながらマリアは言葉を続けた。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直