遼州戦記 保安隊日乗
「大丈夫ですよ。シグザウエルP226。ガンスミス嵯峨の特注モデルですから」
「そうだな。隊長の趣味のおかげで保安隊での作戦行動時に銃のトラブルは皆無だからな」
カウラは受け取ったレッグホルスターを右足の太ももに巻くと、マガジンを刺した銃を入れた。
「それにしても神前……」
「………」
「お前、要人略取任務でもやるのか?」
無理も無かった。22口径の競技用銃。大昔のアメリカが負けた戦争であるベトナム戦争時にCIAが工作活動に使用した銃だということはこれが自分用だと決まった時に調べた。
「あくまで護身用だ。銃口を向ければ相手もこの銃の威力までは分からないはずだ」
カウラは彼女なりに気遣ってくれているのはよく分かる。
「いいから下さい」
まあどうでもいいというように、キムが銃とガンベルトを渡した。
「神前。そいつの弾丸はまだ手配中だったから、弾はワンケースしかないぞ」
「いいです。どうせ撃っても当たりませんから。それより、その後ろの巨大なリボルバーはなんですか?」
一刻も早く自分の話題から逃れたい一心で、誠は銀色に光る巨大なシリンダーを持ったリボルバーを指差した。
「これ、やっぱり気になるよな。一応ナンバルゲニア中尉の銃だ」
呆れたような調子でキムがそう言った。
「あんなの撃てるんですか?シャムさんは?」
「撃てるからそこにあるんだよ。まあ熊狩りとかするときに使ってるって話だぞ。しかし、なんて言うか、S&W、M500。人類が使用可能な最大のハンドガンとか言うけど、どう見たってアホ銃にしか見えんよな?まあラバーグリップは中尉の手でも持てるよう細いのに換えてあるけど」
「おいキムの。ワシのチャカはどうした?」
いつの間にか後ろに立っていた明石がそう尋ねる。
「中佐。これです。そう言えば中佐ならナンバルゲニア中尉の銃、似合うんじゃないですか?」
186cmの身長の誠ですら見上げるような明石。確かに彼ならどう見ても小型の大砲のようなシャムの拳銃を軽く扱えるような気がしてくる。
「あんな連射出来んようなチャカは持たん。第一、手が痛うてかなわんわ。ワシはこいつがおうとる」
これも誠から見て巨大な銃だった。確かに巨体の持ち主の明石が持てば別にどうと言うことはない銃だが、それにしても巨大である。一緒に手渡された45口径のどんぐりのような弾も明石の手の中では豆粒のようなものに見える。
「なんじゃ、神前の。こいつが気になるのか?」
明石はそう言うとホルスターから銃を抜いてカウンターに置く。
「これって45口径ですよね」
「よう知っとるのう。MK23ピストル。隊長の家の蔵に眠っとったそうじゃ。まあうちじゃあ閉所制圧作戦がメインじゃけ、こんな相手をどつきまわせるような銃がええんじゃ」
明石の銃、シャムの銃を見た後、誠は情けないような気持ちで自分の銃を見た。
「そないな顔せんでええじゃろが。今回はワレ等には白兵戦任務はないけ」
「やはり隊長は白兵戦闘を予定しているんですね」
これまで自分の装備に眼をやっていたカウラが、明石の漏らした言葉に食い付く。
「まあ近藤中佐の首が今回の作戦目標じゃ。要らん殺生はしないのがおやっさんの趣味じゃけのう」
明石はそう言い残すとエレベーターに向かっていった。その向こうからシャムと吉田がじゃれあいながら歩いてくる。
「シャムちゃんの銃!取りに来たよ!」
相変わらずハイテンションにシャムはそう切り出した。先ほどまで話題になっていた超大型リボルバーと、ライフル用かと勘違いさせるほどの大きさの弾薬ケースが誠の前を通過していった。
「シャムさん。それ本当に撃てるんですか?」
まじめな顔をして誠はそうたずねた。吉田にはその言葉がつぼに入ったようで、渡された自分の銃を置き去りにしながら、腹を抱えて笑い始めた。
「酷いなー俊平ちゃん。アタシはこれで……」
「四頭の猪をしとめたんだろ?」
シャムの言葉をカウラが続けた。
「確かに熊とかには最適だろうな。熊とかには」
ようやく笑いが収まった吉田が、自分のフルオート射撃が可能なグロック18Cピストルのロングマガジン付の銃をチェックしながら話す。
「こいつの場合、ただの重りだからな」
「俊平!ひどいんだー!アタシだって!」
頬を膨らませるシャムの言葉を無視して吉田は続けた。
「心配しなさんな。今の所、第二小隊が白兵戦に借り出されることは無いだろうから」
そう言い残すと吉田はそのまま立ち去っていく。シャムはその後にくっついていく。
「もう隊長の頭の中では作戦要綱は出来ているようだな。吉田少佐が言い切る以上、我々はアサルト・モジュールでの戦闘がメインになるだろう。神前、先にシミュレーションルームに行ってこい。少しでも錬度を上げておくのが生き残るコツだ」
カウラの言葉で誠はこの場を去ることにした。
今日から僕は 16
「先生!いらっしゃい!」
誠とカウラがシミュレーションルームに入ると、すぐにパイロット用スーツを着たアイシャが声をかけてきた。胸を強調するようにも見える体にフィットしたウェットスーツのように見えるベース。肩や膝、胸の周りなどを防護するスーツを着れば確かにアイシャがパイロットであることが良くわかった。彼女の髪の色に合わせるように銀色と紺の色が精悍なイメージを誠に植えつける。
「アイシャ!貴様が何でそんな格好をしている?」
カウラはいきなり不機嫌になり、ニヤニヤ笑っているアイシャをにらみつけた。
「ご挨拶ねえカウラちゃん。私もパイロット経験あるんだから。それに私だけじゃないわ」
ついたての向こうから歩いてきたのは、明華、リアナ、そしてパーラだった。
「確かベルガー大尉の端末にここの予定表入れといたはずだけど、まだ見てないの?」
「先ほどのメールはこの件だったのですね。許大佐」
「そういうわけだから。カウラちゃんはそこのモニターで観戦でもしていけば?」
リアナがいつもののんびりとした笑顔をカウラに投げた。
「そう言う事なら自分も……」
明らかにアイシャを意識しながらカウラがつぶやく。それを見てぱっと表情が明るくなるアイシャ。
「そうね。じゃあカウラもやっていけば?いいですよね、姐御にお姉ちゃん」
「アイシャ。何で鈴木中佐はおねえちゃんで私が姐御なんだ?」
きつい視線を浴びせる明華と、とぼけるようにしてシミュレーターに乗り込むアイシャ。リアナとパーラは呆れたような調子で、隣に並んでいるシミュレーターの扉に手をかける。
「別に二人ともその格好でいいわよ。それとカウラちゃん。ちょっとは手加減してよね」
そう言い残してリアナはハッチを閉じる。取り残されたパーラも、苦笑いを浮かべながらシミュレーターに乗り込んだ。
「神前少尉。それでは我々もやるぞ」
釈然としない。そんな顔をしてカウラもシミュレーターに乗り込んだ。誠もその後に続く。
乗り込んだ誠。やはり何度座ってもシミュレータの雰囲気になれることができなかった。体は確かに操作方法を叩き込まれていて自然と機体の機動とモニターの設定のための作業を終える。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直