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遼州戦記 保安隊日乗

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 番茶を飲みながらアイシャにそう切りかえす要。カウラは何か言いたげに誠の方に視線を送る。
「そう言えば、神前の剣道道場にしょっちゅう叔父貴が出入りしてるって話だが、やっぱり叔父貴、あんな感じなのか?」 
 別に答える必要なんかどこにもないとでも言う風につぶやく。
「僕は野球部の練習と大学の実験なんかの都合で殆ど家には帰りませんでしたから……」 
「そうか。大学の硬式野球部だと寮とかあるとか?」 
「まあそうですね。地方出身者優先でしたけど休憩室には自宅組みも入り浸ってましたから。休みの時は殆ど宿舎で寝泊りしてましたし、研究室の実験が殆ど一日がかりのものばっかりで、そうなると帰るのが面倒で後輩の下宿とかで寝泊りしてました」 
 誠はそう言ったとたん、どこからとも無くきらりと光る視線を感じた。
 アイシャだ。
「でも、アイシャさんの想像に答えるようなことしていませんよ!一応、僕ノーマルなので」
「つまんないの!」 
 彼女は落ち込んだように、よくかき混ぜた納豆をご飯に丁寧に乗せた。
「ご馳走さま!」 
 シャムの叫び声で全員がその皿を見つめる。タレが少し残っているくらいで、肉も付け合せの野菜もその上から消えて無くなっていた。
「シャム。オメエ全部食ったのか?」 
 恐る恐る要がそうたずねた。
「うん!もうおなか一杯!」 
「そうか……良かったな」 
 全員の声を代弁するかのような要の言葉が残った。
 その時突然スピーカーからマイクを叩くような音が響いた。
『あー、あー、あー。えーとなんだったっけ?』 
 嵯峨の緊張感と言うものをどこかに忘れてきたというような調子の声が響く。 
『明華。そんな怖い顔で見るなよ……俺は気が小さいんだからさ。さて、よし。じゃあ吉田。頼むわ』 
『隊長!逃げるんですか!』 
 明華の甲高い声が響く。ゴツンと音が響いたのは明華に向かって嵯峨が謝ろうとして、マイクに頭を強打したからだろう。
『言えばいいんだろ!ったく誰が隊長かわかりゃしねえよ。えーと。東都標準時9:00時を持って同盟最高会議司法長官名義で甲二種出動命令が出ました。各員は班長及び所属部署の上長の指示に従い作戦行動準備に取り掛かること。繰り返すぞ……』 
 誠は聞きなれない出動命令と言う言葉に呆然としていた。
「なるほど。二種か。……二種ねえ」 
 要は何度かその言葉を繰り返した。アイシャ達は明らかにピッチを変えて、食事を胃の中に流し込み始める。シャムは関係ないとでも言うように満足げに天井を見上げていた。カウラは一口で湯飲みの番茶を飲み干すと食器を返すべく急ぎ足でカウンターへ向かった。
 誠は嵯峨の言葉を引き金にして動き出した彼等の態度をどう判断すべきか迷っていた。
「よかったな、新入り。早速テメエが望んでた『実戦』て奴だ」 
 要が誠の肩を叩く。
「甲二種出動ってなんですか?」 
「おいおい、冗談きついぜ。一応ウチの規則関連の書類は目を通したんだろ?」 
 そう言うと要はズボンからくしゃくしゃになったタバコの箱を取り出すが、カウラの視線を感じてそれを引っ込める。
「神前少尉。甲種出動とは、アサルト・モジュールの出動を含む実効戦力での戦闘行為を許される出動だ。その中で一種は保安隊が対応可能な全ての処置をとることが出来る。二種はこの艦の主砲の使用制限や同盟法での各種の制限等を受ける出動のことだ」 
「つまりアイシャ達が走っていったのはこの艦を戦闘速度まで加速させることと、二種限定の戦術プログラムのチェックなんかのためだなあ。まあどうせ吉田の電卓野郎が全部済ませてると思うけどな。一応、確認作業でもするんだろ」
「そうなんですか。僕は何かすることありますか?」 
 誠は額の辺りに汗が滲んできているのを感じた。実戦である。未だ05式の実機を運用したことのない自分に何が出来るだろう。そう思いながら、表情を変えない二人の上官を見つめていた。
「甲種出動の際は常に拳銃の携帯が義務付けられている。それと……」 
 カウラの視線が黒いタンクトップを着ている要の方に向かった。
「甲種出動の待機時は04式作業着の着用が義務付けられていて……」 
「へいへい分かりましたよ。小隊長殿には逆らえませんからねえ」 
 そう言うと要は鮭定食のトレーを持ってカウンターに向かう。
「拳銃の受領はどこで行うんですか?」 
「ハンガーの手前の第三装備保管室だ。技術部、火器整備班のキム少尉が担当だからとりあえず出かけるとするか。西園寺はちゃんと着替えてからにしろ」  
「へいへい。まあその前に一服させてもらうぜ」 
 要は手に握られたままのタバコの箱から一本タバコを取り出すと、それをくわえて食堂から出て行った。ようやく番茶を飲んで一息した誠は、カウラが立ち上がるのにあわせて席を立つとその後に続いてトレーをカウンターに戻した。
「こっちだ。着いて来い」 
 そう言うとカウラは誠を連れてエレベーターの所まで行き、下るボタンを押した。
「意外と緊張していないようだな」 
 そう言って微笑むカウラ。
「そんなことは無いですよ。実際、冷や汗かいてますから」 
「誰でも緊張するものだ。隠す必要などない。別に神前は戦うために作られたわけじゃないだろ?私達のように」 
 そう言うカウラの眼にうっすらと影が浮かぶ。
「でもどんな意図でも狂気が表に出てくるまでに誰かが止めないといけないんですから」 
「そうだな。誰かが戦わなければならない。私はそのために存在しているようなものだからな」 
 自嘲の笑いとでも呼ぶべきものが、カウラの頬に浮かんでいた。誠は何も言えずに開いたエレベーターにカウラに続いて入った。



 今日から僕は 15


 既に第三装備保管室の前には行列が出来ていた。慣れた調子で火器整備班員が各隊員に拳銃とライフル、そして各種の装備品と弾薬を配布している。
「あまり緊張感が無いですね」 
「それはあの隊長の資質によるものだろう。あの人を止められる人間など、この部隊にいないな」 
 誠は正直何を話したら良いのか分からなくなっていた。あのゲルパルトの千年帝国を目論んだ指導部が鳴り物入りで戦線に投入すべく開発したクローン兵士。そんな彼女達でも多くはリアナやアイシャのように人生を楽しむようなことも出来る。実際、東和軍の中で見たカウラの妹とでも呼ぶべき人々もそれなりに取り付くべき所があった。
 しかし、カウラにはそれが無い。明石が彼女を野球部に誘ったのはそんな気遣いからなんだろうか?誠は黙ったまま保管室の開け放たれた扉を見つめているカウラを見ていた。
「なんだ?」 
「いいえ、なんでもないです」 
 また沈黙が二人を包む。銃器の支給を待つ列の合い間を抜けて歩くガンベルトを腰に巻く隊員を多く見かけるようになった所で、ようやく二人は保管室に入れた。
「ベルガー大尉はこいつですよね。それとこれがガンベルト。ライフルと装備品なんかはどうしますか?」 
 拳銃を受け取ったカウラは慣れた手つきで弾の装填の終わったマガジン二本を受け取ると、すばやくそれを叩き込みスライドを引き、素早くデコッキングレバーでハンマーを落とす。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直