遼州戦記 保安隊日乗
「そうだな。俺の次にお前さんに目をつけたのがアメちゃんだ。俺と吉田の解説付きの戦闘データをプレゼントするなんて言ったら土下座でも何でもするだろうな」
「隊長、その線で行って見ますか?」
皿を置いた吉田が立ち上がった。嵯峨は頷く。そそくさと吉田はハンガーから出て行った。
「自分で言っといてなんですが、僕の力ってなんなんですか?」
「それは……なんだ……。俺、文系だからねえ」
猪口を傾けながら嵯峨はじっと徳利を見ていた。アイシャが気を利かせて新しい徳利を持ってくる。嵯峨はそれを受け取るとまた手酌でやり始めた。
「それをお前が知っちゃうとそれに頼るようになるからねえ。力はあれば良いと言うもんじゃない。それを支えるだけの意思と倫理観が必要だ。少なくともどちらもお前にゃ縁遠いな。そのうち嫌だって言っても分かるようになるだろうけど」
嵯峨はそれだけ言うとまだクレーンの操作盤のところでじゃれているシャムたちを手招きした。
「叔父貴よう。話は済んだのか?」
呼ばれてきた要が遊びの途中で食事に呼ばれた子供のような口調で切り出した。
「まああれだ。お前にゃあもったいないほど出来た後輩だってことはよく分かった」
「そりゃあねえよ叔父貴!」
嵯峨の一言に天を仰ぐ要。一方、そんな言葉を軽く無視するように杯を重ねる嵯峨。
「要ちゃん!とりあえず食べようよ!」
「シャムの言うとおりだぞ!とりあえず食えるときに食っとけ。それも仕事のうちだ」
「言われなくてもそうするよ」
嵯峨に指図されて不愉快そうな要はそう言うとせっせと鉄板の上の料理を盛り分けていたアイシャから皿を受け取った。しかし、その中身を見るとすぐにアイシャに突き返した。
「アイシャ!テメエ、アタシに恨みでもあんのか?」
「あらどうしたの?要ちゃん」
「ピーマンだらけじゃねえか!アタシがピーマン嫌いだって知っててやってんだろ!」
「ちゃんとバランスよく食べないと、その巨乳が維持できないでしょ?」
箸にワザとピーマンだけをより分けて拾ったアイシャは、それを要の手の中の皿に盛り付けた。二人の間に緊張した空気が流れる。
「じゃあ、アタシが食べるの!」
空気を察してか、それとも野生の勘がなせる業か、シャムが要の皿からピーマンをより分け始めた。
「神前!オメエも取れ!」
「西園寺さん。実は僕もピーマンあんまり好きじゃないんです」
誠は不安を抱えたまま要と眼も合わさずにそう答えた。
少し間をおいて、罵られるかと思いつつ要の顔を見ると、そこには満面の笑顔があった。
「聞いたか?アイシャ!神前とアタシはピーマンを憎む同志なんだ。お前やシャムのようにピーマンを好む人間とは一線を画してるんだ。分かるか?神前!やっぱオメエ気に入ったよ!じゃあこれを飲め!」
要は誰も手をつけようとしていなかったテキーラの瓶を手に取ると栓を抜いた。
「それって結構きついですよね?」
「ああ、アルコール度数40パーセントだ」
「飲まなきゃだめですか?」
「アタシと同志であると言う所を見せるにはこれを飲み干さないとな」
据わった眼で見つめてくる要を前に、自然に後ずさる誠。
「西園寺!また神前少尉を潰すつもりか!」
それまでハンガーの隅で烏龍茶を飲んでいたカウラが、要の腕を握っていた。
「いつだってアタシは潰すつもりなんか無いぜ?ただこいつが勝手に潰れてるだけだ」
そんな要の声を聞いた所までは、誠も覚えていた。不意に暗転する世界。
『またやっちまった』
そんな独り言が頭の中で回転している。
今日から僕は 14
これまで経験したことの無いような頭痛。そして平衡感覚がつかめないのはまだアルコールが抜けていないせいだろうか?食堂までの道のりがこんなに遠いとは。
そう思いながら、軽いもので朝食を済まそうと自動ドアを開けた。待機任務中の整備班員や警備部の面々でそれなりに混雑した食堂。誠はカードを出して食券販売機の前に立つ。
そこに横槍を入れるように透き通るような白い手が先にカードを挿入した。
「たまにはお姉さんに奢らせなさいよ」
またアイシャである。紺色の髪が自然に生まれた人間とは違うものの、それ以外は普通の人間とは変わらない。いや、むしろ人間味は何を考えているのかわからない嵯峨よりも有るように感じられた。
「好きなの食べていいのよ」
いつものいたずらっぽい視線が誠を捕らえている。女性にじっと見つめられるような機会がほとんど無かった誠はうろたえながら口を開く。
「すいません。じゃあ納豆定食で」
アイシャの笑みがさらに広がる。
「要ちゃん!神前君も納豆好きだって!」
「なんだと!新入り!テメエ裏切りやがったな!」
すでに鮭定食を食べ終わろうとしている要が叫ぶ。誠がそちらの方を見ると、サラとパーラ、それにシャムが朝食に手をつけていた。
「私も納豆定食っと。やっぱり朝食は納豆に味噌汁よね」
そう言うとアイシャは誠から見てもはっきりと要の視界から誠をかばうように、カウンターへ向けて歩き出した。
「納豆好きなんですか?」
「アタシが製造されて、初めてレーション以外で食べたこういう食事が納豆だったのよ。本当にこんなに味覚があるってことが人生を楽しくするなんて知らなかった頃だったわ。さすが東和の食事は銀河一よね」
「信用するんじゃねえぞ!ゲルパルトの人造兵士工廠を制圧したのは遼北軍だ。中華料理は出たかも知れんが、納豆なんて無いはずだぞ!」
「良いじゃないの要ちゃん。それくらい印象が深いと言うことよ」
要の茶々を無視して定食を受け取ったアイシャはそのまま要の隣、シャムの真向かいの席に着いた。成り行きでその隣に腰をかけた誠はシャムの前に置かれた、2kgはあるだろう巨大な肉の塊を見つけて凍りついた。
「シャムさん?もしかしてそれ全部食べるつもりですか?」
「食べる時に食べないといけないんだよ!」
シャムはそう言うと巨大な肉の塊にナイフを突き立てる。
「それ以前にあんなメニューありましたっけ?」
「ああ、こいつは猟友会の助っ人で猪狩りとかしてるからそん時の肉でも持ってきてたんじゃないのか?」
要が食事を終えて、テーブルの中央にドッカと置かれたやかんから番茶を注ぎながらそう答えた。
「そうじゃなくて、僕が言いたいのはこんなに食べれるんですかと」
「じゃあ見てりゃあ良いじゃねえか」
ようやく機嫌が直った要が楽しそうにつぶやく。その目の前では明らかに大きすぎる肉塊をすさまじい勢いで無理やり口に押し込んでいるシャムの姿があった
「いつも思っているんだが、一体どこにあれだけのものが入るんだ?」
カウラは要がやかんから手を離すと、それを奪い取って自分の湯飲みに茶を注ぎながらそう言った。
「保安隊の七不思議って殆ど全てシャムちゃん絡みだもんね」
「七不思議?なんだそりゃ?」
いかにも今考えたようなアイシャのフレーズに要が突っ込む。
「でもまあ一番はなぜ隊長が隊長でいられるかって事だけどね」
「そうだよなあ。あの人格破綻者が隊長でいるっていうのは無茶があるなあ」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直