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遼州戦記 保安隊日乗

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 そう考えると誠は背筋に寒いものを感じた。そんなことを考えながら周りのやたらと調子の良い同僚達を眺めていた誠だが、ハンガーから嵯峨の腹心中の腹心ともいえる吉田が現れるのを見つけた。
「吉田!いいところに来たな。まあなんかアイシャが盛り付けといてくれたから一緒にやろうや」 
 嵯峨は頭をかきながら、入ってきた吉田に声をかける。いつの間にか周りには明華、リアナ、明石、マリア、と言う部隊の部長クラスの人間に囲まれていた。カウラやアイシャも明華やリアナににらまれて座を外すタイミングを逃したと言うように立ち尽くしていた。
 誠は席をはずそうとするものの、状況的に逃げるわけにも行かない気がして仕方なくそのまま鮭のフレーク状になったものを味噌味の野菜に混ぜながら頬張る。
「サムおじさんの様子はどうだい?」 
 とぼけた調子で嵯峨が切り出した。
「アメリカは高みの見物を決め込むつもりでしょう。さっきまではホワイトハウスで大統領が国務長官や軍、司法、外交の実務担当者が電話で会議してましたよ。なんなら議事録でも拾いましょうか?」 
「やめとけ、やめとけ。そんなの枝葉がついたら面倒になるだけだ。どうせ事が済んだら白頭鷲の主催の仲直りのパーティーでもやるつもりなんだろ。まあどうしてもと言うなら酒は俺が見繕ってやるとでも答えとけばいい。他の外野はどう動いてる?」 
 アイシャから注いでもらった燗酒をすすりながら、嵯峨は続きを聞こうとした。
「今回の件に絡みたがっている連中は数えるのが嫌になるくらいいますよ。アラブ連盟などは嫌がる西モスレムのケツを蹴っ飛ばして何でも良いから乱入しろって矢の催促ですわ」 
「やっぱりシンを外しといて正解だったわけだ。あいつは軍籍が西モスレムだからな。事が済んだ後そこを突っ込まれて痛くもない腹を探られるのは願い下げだ」 
 苦笑いを浮かべる嵯峨に同調するように皆が頷く。誠はスケールの大きすぎる話にただ黙ってビールを飲み始めた。
「フランスは現在遼南首相府に大使が出頭してなにやら探ろうとしていますよ。まあ直接行動に出る口実でも探しているんでしょう。外惑星所属艦隊が秘匿任務でうろちょろしてます」 
 吉田はそこまで言ってアイシャから差し出された鮭と野菜炒めの乗った皿を受け取った。
「他にこの件で動くのは……ドイツとロシアはどう動いてる?」 
 ワインのグラスを手にしたマリアが口を開く。 
「ドイツはゲルパルトの駐留部隊がいつでも出動できるように準備していますが、ゲルパルトは同盟加盟国への介入を禁止する法律を盾に出撃を固辞してますね、それにロシアですが……。やっぱりこの鮭旨いですねえ。油が乗ってて」 
「そうだろ?今の時期の沖取りの鮭は産卵前で一番油が乗ってるからな」 
 嵯峨が得意げにそう言う。しかし、明華からの突き刺すような視線を浴びると少しは自重したようで、眼で続きを話せと吉田にせがんだ。
「表面上は平静を装ってますが、裏では手を回してますね。これは未確認の情報ですがαチームを胡州の帝都に展開させているという情報もあります」 
 αチームと聞いてマリアは顔をこわばらせた。
「物騒な連中がでてきたねえ。まあ同盟公安部の連中には連絡するつもりだよ」
 再び酒をあおる嵯峨。その表情はきわめて落ち着いているように誠には見えた。まるで事態をすべて予想していた。そんな風に感じて額に汗が浮かぶのを誠は感じていた。 
「その必要は無いですね。これは同盟特務公安からの情報ですから」 
「なんだ。じゃあ安城のおばちゃんはそっちにお出かけしてるわけだ」 
 そう言ってみて自分の口を両手でふさぐ嵯峨。
「一応、後でおばちゃんて言ってたことは報告しときますわ」 
 マリアがそう言うと嵯峨は明華とリアナを見上げた。二人とも冷たい目線で嵯峨を見ているので、彼は皿の上の野菜炒めをかきこんでその場をごまかそうとする。
「それじゃあ肝心の同盟最高会議はどう動くんだ?」 
 箸を止め、まじめな調子で嵯峨が吉田を見上げた。嵯峨、明華、明石、リアナ、マリア、アイシャ。それぞれの視線が吉田に向けて注がれる。
 しかし、吉田は彼等の問いに答えようとせず箸を進めていた。
「なるほどねえ、黙っていると言うことは連中もまだ動くに動けんと言うわけか。しかし、あれだな。今回の一件で一番美味しい思いをしている奴がいるねえ。わざわざ俺の手でかかわらないで済む口実を与えてもらった当事者。そして……」 
 誠は目の前に見たことが無いような真剣な視線を送る嵯峨を見ていた。
「こいつの力に一番関心を持ち、いかなる犠牲を払ってもそれを手に入れたいと思っている連中」 
「アメリカですか?」 
 その誠の口から発せられた言葉を聞いて、吉田は思わず笑いをこぼしていた。
「いい勘しとるなあ。そんじゃあワシがオヤッサンに進言しようとしとることもわかるか?」
 からからと笑いながら明石がそう言った。
「僕にどんな力があるか知りませんが、全てを知りうるだけの諜報網と、この一件を収拾するだけの軍事力、政治力を持つのはアメリカだけでしょう。となれば、同盟会議に圧力をかけることも簡単に出来るんじゃないですか?まあそんなことまでしなくとも近藤中佐の活動を内偵するくらいのことはやっていたはずです。そしてその情報の量はおそらく出遅れた胡州の憲兵隊の比ではない」
 そんな誠の答えに満足して頷く嵯峨。 
「だろうなあ。じゃあどうやってどこにその情報を使うと思う?大統領の任期も半年を切った。ことは起こしたくないのが本音だ。手を汚さずに済む為には確実に俺達にお鉢が回ってくるように仕向けなきゃならねえんだぞ?」 
 からかうようにして嵯峨が口を挟む。
「今回『自由と民主主義の拡大』という大義をアメリカと共有しているのは胡州ですからね。他国の介入によって近藤一派を駆逐することは簡単ですが、そのことは民意で政権を維持している西園寺内閣にとっては致命的なダメージになりかねません」
「胡州の民意として『地球からの介入に屈してはならない』と言うのが大原則だからな」 
 そんなカウラの言葉嵯峨は話を続ける。
「かと言って下手に自国軍で鎮圧に乗り出せば近藤シンパの活動の口実を与え、悪くすれば西園寺首相は寝首をかかれる可能性すらありますね。胡州民主化の象徴死すとなれば、不安定な政情の大麗、ゲルパルトが政策転換を図るかもしれません」
 誠が持っている知識を総動員しての言葉。嵯峨はしばらく腕組みをした後、納得したようにテーブルから酒の入ったグラスを手に取った。 
「なるほどねえ。俺もいい部下を持ったもんだ。ただ……それだけじゃあアメちゃんは俺達が暴れるのを許してくれないぜ。別に俺達が近藤一派の前で襲撃大失敗と言うことでかんかん能を踊った所で奴等の腹は痛まないんだから」 
 笑っている。誠は自分がこんな状況に置かれて笑っていることに気がついた。
「もう一つ手土産を用意するんです。よく分かりませんが僕の力とやらを出せば……」 
 嵯峨はゆっくりと猪口を傾けると、手酌で飲み始める。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直