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遼州戦記 保安隊日乗

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 吉田は否定も肯定もせずハンガーとは反対の船尾に向かって歩き始めた。
「じゃあ俺は冷蔵庫に寄ってくから、よろしくね」 
「コンピュータ室かよ。まあテメエの分はアタシが食っといてやるからがんばれや」 
 去っていく吉田に要はそう語りかけた。
「酒だ!酒だ!酒だ!」 
 要はそう言いながら吉田のことを気にしているシャムを連れてハンガーへ向かって走り始めた。



 今日から僕は 13


「ちゃん!ちゃん!ちゃーんの、すったか、たったったー!飲んでー飲めない酒はなしー!じゃあ島田正人曹長!日本酒、中ジョッキ一気!行かせていただきます!」 
「技術部の根性見せたれー!」 
「整備班副長の実力思い知れー!」 
 ハンガーは完全に出来上がった技術部、運用部、警備部の連中に仕切られていた。学生時代を思い出すような一気のあおり文句に誠は苦笑いを浮かべていた。
「ほれ!はれ!はれ!ほれ!ひれ!はれ!飲めや!はい!一気!一気!一気!」 
 間違ったベクトルで動き出す保安隊員。そんな中で、誠の目には別の存在が映っていた。一気騒ぎで盛り上がっている集団の隙を突いて、シャムと要が鮭が一匹丸ごと置かれているバーベキューセットを三つ占領している。要は得意げに遅れてきた誠に自分の戦果を見せようとして笑っているが、その時誠はある光景に眼を奪われていることに気づいた。
「おい新入り!何見てんだ?」 
 呆然と立ち尽くしている誠に要はいぶかしげに尋ねた。
「あれ……と言うか、あの人達何をしているんでしょう?」 
 誠が指差す先には、簀巻きにされて天井からクレーンで吊るされている技術兵がいた。
「あれか?やっぱ珍しいか?」 
「そりゃそうですよ!誰も助けないんですか?」 
「何言ってるの?彼は今回の宇宙の旅の生贄に自ら志願した奇特な人よ!みんなでちゃんと成仏させてあげましょう!」 
 誠の大声に気づいたのか、アイシャが抱きついてくる。
「なんですか?アイシャさん!それより、あの人助けないと……って、あの人、誰です?」 
「なに?知らずに命乞いしてたの?あれは鎗田司郎曹長。女の敵よ!」 
「は?」 
 猿轡を噛まされて吊るされている鎗田が、必死に事情を知らない誠に向かって体をゆすって全身でアピールする。その度に鎖のぶつかる音で気が付いた整備班員と運行部員がにらみつけるような視線を浴びせている。
「アイシャの。いい加減許してやらんのか?あの馬鹿」 
「いいえ!パーラの純情をもてあそんだ罪は決して消えません!パーラが許すと言うまで……」 
「アタシは別にもうどうだって良いんだけど……」
 皿に盛ったもやしを食べながらどうでも良いと言うようにつぶやくパーラ。 
「分かっているわよ、パーラ。あなたはそう言いながら、かつての思いから立ち直ろうとしているのね!でもそんなあなたの暗い過去を、明るい未来へと昇華させるためには生贄が必要なのよ!乙女の純情をもてあそぶものに死を!」
 得意げに吊るされた槍田を指差すアイシャ。明らかに乗り気でないパーラはとりあえず手にした皿をテーブルに置いた。 
「アイシャ……もしかしてアタシをからかってんじゃないの?」 
「ああ!友情を守るためならアタシは鬼にだってなるわ!」 
「いいから人の話を聞けってば!」 
 一人で盛り上がっているアイシャを、パーラは思わず怒鳴りつける。ようやく気づきましたと言うようにパーラに向き直るアイシャ。だが、その明らかに演技とわかるなきそうな表情にパーラも誠も呆れていた。
「酷いわ!パーラちゃん!せっかくの私の友情を……」 
「もう良いわ。いい加減降ろしなさいよ、あれっ……て、要とシャム!クレーンぶん回すの止めなさいよ!」
 いつの間にかクレーンの操作盤で哀れな生贄をぶん回している要とシャムに、パーラは思わず声を上げていた。そのまま機械を止めようとするパーラと楽しくてしょうがないと言うような感じの要とシャムがじゃれあっている光景を眺めながら誠はどうにか掠め取った焼けた鮭の身を一口食べてみた。
 アイシャはと言えば、要達が占拠した鉄板の上の鮭の丸焼きの身を、味噌味の野菜炒めと混ぜながら自分の皿に盛り付けて、優雅にご馳走を楽しんでいる。
「ったくしゃあねえなあ。神前の。どうだい?ウチのことがよく分かったか?」 
 タバコをすいながら嵯峨がほろ酔い加減に歩み寄ってくる。
「まあ、日々驚かされることの連続ですが」 
「つまり刺激的で退屈しないと。まあそう受け取っとくよ」 
 嵯峨はそう言うとアイシャの鉄板から、アイシャが混ぜ終わった鮭と野菜の塊を取ろうとした。
「隊長はもう十分食べたでしょ!これは先生の分です!それじゃあ盛り付けますね!」 
 いつの間にか誠の背後に回りこんでいたアイシャが誠の手から皿を奪うと、いかにも嬉しそうに笑いながら盛り付ける。
「なんだかなあ。一応、俺、隊長なんだけど」 
 そう言いつつもその口元には笑みが浮かんでいる。誠はその笑みの理由を尋ねようとしてやめた。
 この人は今の状況、特に慌てふためく各陣営の悩み苦しんでいるさまを楽しんでいる。もしかするとこの46歳と言う年の割りに若く見える高級将校は、まるでトランプゲームでもするように世の中を見ているんじゃないだろうか?
『お前が何を考えてるか当ててやろうか?』
 そんな言葉が飛び込んでこないのが不思議なくらいだ。
「なんじゃ?食わんのか?アイシャの、ワシも食うとらんのじゃが」 
「しょうがない軟体動物ですねえ!じゃあこの皿使ってください!」 
「すまんのう」 
 ビール瓶を片手に明石がアイシャとそんなやり取りをしていた。誠はなぜこの嵯峨惟基という人物を彼等が信用しているのか不思議に思った。
 遼南王朝末期。ムジャンタ・ムスガ帝の長男として生まれたものの、祖母の寵愛を受けた彼は無能の烙印を押されて廃嫡された父のシンパと対立した。当時の遼南と西モスレムの領有権争いで祖母が暗殺されわずか12歳で皇位を継ぐが、父の陣営との内戦に敗れて東和を経て胡州に亡命したと言う。
 叔母の西園寺康子の伝で胡州で四大公の筆頭、西園寺家の養子となり、西園寺新三郎と名乗ることになった。後に絶家となっていた四大公家第三位の嵯峨家を継いだ。そのまま胡州陸軍大学校を卒業後、東和大使館付き二等武官を勤め、次いで遼南方面特務憲兵中隊長、下河内特機連隊隊長などを歴任、遼北軍の『スチームローラー』と呼ばれた猛攻を生き延びた男。
 遼南内戦においては軍閥の長を務めながらも、常に前線に立ち人民軍の勝利に貢献し、人民軍が割れると見るやすかさずクーデターを起こして全権を握り、遼南帝国を再建した策士。
 常にその左腰に釣り下げられた赤い鞘の日本刀『長船兼光』を手に抜刀突撃を繰り返すその様を、ある人は『人斬り』と呼んだ。
 五年前に一方的に遼南皇帝を退位すると宣言して東和に移ってからは、誠の実家である道場にも顔を出すようになり、飄々とした言動で周囲を煙に巻くその言動、誠としてはそれなりにこの男のことが分かっているつもりでいた。
 しかし、今のこれからこの船が向かう先の状況を見ても、部下の質問にただ薄ら笑いだけで答えるこの人物とはなんだろう?
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直