遼州戦記 保安隊日乗
「客だろうがアタシは!さっさとアタシのボトルとカウラに出す烏龍茶もってこい」
小夏がそう言うと明石と誠が座っている上座の鉄板に腰を下ろした。
「へいへい」
そう言うと小夏は、上がってきたカウラを避けながら階下へと駆け下りていった。
「意外と早かったじゃん」
吉田は豚玉を鉄板の上に広げながらそう言った。おまけのように隣に座っているシャムはすでに豚玉に夢中である。
要とカウラは明石と誠の座る鉄板に居を定めた。誠は泣きそうな目の菰田と目が合うが、すぐさま視線を攻撃モードに変えてにらみつけて来る菰田から目を逸らした。
「吉田の。オヤッサンが何考えてるか知っとるか?今日は同盟機構の軍事関連の実務者会議で東都訪問中の胡州海軍軍令部長の馬加(まくわり)准将と一席設けてるって聞いとるんやけど……それに今度の宇宙での訓練も、わざわざ胡州の第三演習宙域を借りたっちゅう話やし」
明石は小夏が持ってきた冷酒を受け取ると、小さめのガラスのお猪口を手にする。
「気がきかねえなあ、うちの隊長は」
要はそう言うとカウラの前に無理に体をねじ込んで明石に勺をした。カウラは別に気にする様子も無く要の行為を不思議そうに見つめている。
「知らねえよ。あそこが訓練に向いてるからって事しか聞いてないし。それ以前にあのおっさんの考えてることなんて読めるわけ無いじゃないか」
そう言うと吉田はつきだしに箸を伸ばす。
「ほうか。なんかお前をあてにしたワシが間抜けみたいやのう。神前の、気にせずジャンジャンやれや」
誘拐事件に不自然な演習区域。あまり気分のいい出来事は起きないものだと思いながら誠はたこ焼きを口に運んだ。
熱い。そのまま勢いで口にビールを流し込んで冷やす誠。
「じゃんじゃじゃーん!ブリッジ三人娘到着です!」
そう叫ぶアイシャが死んだ鯖の目のパーラとサラをつれて二階に上がってきた。その後ろから春子が注文の品を運んでくる。
「またややこしいのが」
明石は下を向いてため息をつく。
「要とカウラは相変わらずねえ。まあ別にいいけと……先生!夏コミの売り子、頼んじゃって良いかな?どうやらアタシは今度の演習後に艦長育成プログラムが入っていて出れそうにないのよ」
そう言うと空いていた明石の隣の上座に席を決めてアイシャは座り込んだ。
「えー!アイシャ居ないの?」
シャムが思わず声を上げる。
「しょうがないじゃないの!仕事なんだから。その代わりパーラとサラとエダ。それに他のブリッジクルーも手配するから。他には……」
指を数えて動員する面子を考えているアイシャ。
「ワレラは何やっとるんじゃ?」
明石はそう言うと手酌で日本酒をガラスの猪口に注いだ。しかし急にアイシャ達とシャムから射るような視線を浴びて、さすがの明石も目を伏せた。
「中佐殿が売り子?いいんじゃないの。別にフリーの時まで拘束しなくても。それに隊長はこういう馬鹿なこと好きじゃん?」
吉田は別に気にする様子でもなくジョッキを傾けた。
「そうね、もし良かったら小夏もつれてってくれる?あの子はシャムちゃんと同じでお祭り大好きだから」
春子の言葉にアイシャが嬉しそうに小夏を見上げた。
「へえ、姐御の頼みなら……」
少し遠慮がちにつぶやく小夏に飛び起きたアイシャが抱きついた。
「おお!心の友よ!」
その大げさなアクションに、死んだ目をしていたパーラとサラは呆れたように目の前に置かれたビールのジョッキを息を合わせたように傾けた。春子が置いたたこ焼きをつつく明石の視線がアイシャに向かった。
「つまり次の演習が終わったら部隊を留守にするいうことやな?」
熱かったのか明石は冷酒を口の中に流し込む。
「そうですね。まあ、東都の国防省の会議室で座学をするだけだから顔くらいは出せると思うけど。まあ日程が空いたらコミケにも顔くらい出すつもりだし」
アイシャはあっけらかんとそう答える。そこには『部隊に顔を出す』と言う明石が期待していた言葉は無かった。
「演習ですか?」
島田、キム、菰田の視線が明石に集まる。
「今日、ヨハンが来れんのも搬入があるからやで。今頃は許大佐が仕切って特機全部ばらして新港まで運ぶ段取りしとるはずじゃ。……そう言や島田の、お前仕事はどうした?」
たこ焼きを突いている島田に明石がそう尋ねた。
「たまにはヨハン・シュペルター中尉殿にもお仕事してもらわねえと不味いっしょ?それと姐御に野球部の飲み会があるって言ったら行って来いって言われたもんすから」
そう言う島田に要が流し目を送る。
「あれじゃね?明華の姐御はタコ中に気があるから……」
口にした日本酒を噴出しそうになりながらお絞りで口の周りを拭く明石。
「西園寺。誰がタコ中や!」
そう言うと証は落ち着いたようにカウラと要を見た。
「そや、神前が明後日からの演習の話し知らんと言うとったが、カウラに西園寺。お前等、話しとかんかったのか?」
顔を見合わせる要とカウラ。
「そういやあ言ってなかったなあ、カウラは?」
「入隊した時の書面一式の中に演習の予定に関する書類も入れてあったはずだ。場所は変更になったが……見ていなかったのか?」
カウラが鋭い視線を誠に向けてくる。
「すいません。いろいろあったので」
頭を掻く誠を見ながらカウラは枝豆を口に運んだ。
「まったく。ちゃんと渡された書類くらい目を通しておけ」
そしてカウラは烏龍茶をすする。
「まあそう責めるなや。初めての配属部署じゃ、少しくらい緊張するのも当たり前なんちゃうか?神前の。まあ気にするな」
機嫌のいい明石はそう言って神前を慰めた。
「仕事の話はおしまい!先生!裸踊りはまだですか?」
少し出来上がっていたアイシャが誠にまとわりついてくる。それほど飲んでいなかった誠は、怒る以前に当たってくる胸のふくらみを感じて視線を落とした。
「こら!テメエ何をするんだよ!」
誠にくっついて離れないアイシャを要は引き剥がした。
「なに?要ちゃん。あなたがいつも先生のコップに細工してべろべろに酔わせてたの知ってるのよ。さあ本心では一体何を期待して……」
要の顔にアイシャが迫る。
「馬鹿言うんじゃねえ!アタシは単純に好奇心で……」
言い訳をするように要は視線を落とした。だが、アイシャはあきらめようとはしない。
「そうかしら?ねえ?ホントにそれだけ?」
「うるせえ!酔っ払いは黙って寝てろ!」
要にもまとわり着こうとするアイシャに、要はそのまま自分の席に移ろうとする。それで勝機を感じたのか、アイシャはさらにべったりと誠に絡み付いてきた。
『離れろ!アイシャ!』
思わずカウラと要が二人で叫んだ。アイシャは要の反応は予想していたが、カウラからそんな言葉を聞くとは思っていないとでも言うように、名残惜しそうに誠から手を離した。
「へえー。カウラもようやく自分の気持ちに素直になれるようになったのね!嬉しい」
アイシャはワザと大げさにそう言った。カウラはその言葉で、自分が何を言ったのか理解したとでも言うように誠の視線から目を逸らした。
「そのー、あれだ。私の部下なのだから、それなりに……」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直