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遼州戦記 保安隊日乗

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 再び女王様のオーラをまとった明華は、誠の話などまるで聴くつもりがないとでも言うように、部下達に指示を与えていた。
「いつまであたしの酒持ってんだよ!」
 誠の後ろから先ほどの女性士官が音も無く近づいてきて、成り行きで誠が握り締めていたラム酒の瓶を奪い取った。その女性士官は誠が相手をしているのが明華だとわかると、まずい場面に出くわしたとでも言うように愛想笑いを浮かべるとその場を立ち去ろうとした。
 しかし、酒瓶を手にした女性士官の前には痩せ型の特技章をつけた技術下士官と、同じく作業着を着た恰幅の良い技術中尉の徽章をつけた男が行く手を阻んでいて、仕方が無いと言うように明華の方に目を向けた。
「ああ要ちゃん、丁度良いところに来たわね。彼女が第二小隊二番機のメインパイロットの西園寺要(さいおんじかなめ)中尉。あの胡州帝国首相の娘さんよ」
 仕方ないと言うように振り向いた要は、色気のあるタレ目で媚を売るような笑みを作って誠の顔を眺めた。つい、その表情に顔を赤らめる誠だが、要はそんな誠を無視して明華に話を向けた。
だが明華の言葉で誠は完全に意識が飛んでいた。確かに彼も新聞やニュースやネットくらいは見ている。胡州帝国の首相の苗字くらいは当然頭に入っていた。胡州における民主化活動の中心人物、そして遼州同盟の立役者、飄々とした演説で民衆を魅了する弁舌家。西園寺基義(さいおんじもとよし)の存在が地球と波風の絶えない遼州星系諸国で重用されている事実は誠も知っていた。
「姐御。親父の話は止めてくれよ。酒がまずくなる」
 偉大な父を持っているというようなことはおくびにも出さず、そのまま要は誠と明華が見ているのもかまわずに奪い取ったラム酒をラッパ飲みした。
 突然要の後ろに立っていた先ほどの技官二人が振り向いた。そして二人とも図ったように部下達の群れに後ずさりしながら紛れ込んだ。
 要の後ろに近づいてくる女性士官に向けられた明華の視線が少し曇っているのを見て誠は不審に思った。
「西園寺!また勤務中に酒飲んでるのか。その体だからって隊の規律というものが分からないのか!」
 つなぎ姿の十代と思われる整備員に導かれてやってきた、明るい緑色の長い髪をポニーテールにした女性士官は要の後ろに立つと声を荒げた。
 明らかに嫌な顔をした要がエメラルドグリーンの髪の女性士官をにらみ返す。誠は地球人にも遼州人にもそんな髪の色の人など見た事は無かった。
『ゲルパルト帝国の人造人間?……』
 その地球系とも遼州系とも違うギリシャ彫刻のような整った面差しと髪の色で、すぐ誠にも彼女の出自が察しられた。
『ラストバタリオン計画』と言う非人道的な兵士製造計画。
 二十年前の地球の五大国を中心とする陣営に、遼州外惑星を地盤とする大国ゲルパルトは奇襲を仕掛けた。
 胡州・遼南との同盟を後ろ盾とし、開戦時には東和の参戦があるとの情報で地球軍は翻弄され敗退を続けた。さらにアフリカ・中南米諸国の寝返りなどで同盟軍は破竹の進撃を続けたが、その国力の差はあまりに大きすぎた。
 開戦前にも大々的な人造人間プランを打ち上げて国威発揚を進め、地球のアメリカを中心とした諸国から何度とない非人道研究施設の査察要求を拒否してきたゲルパルトは大戦末期に彼女達のような人造人間製造プラントを多数建設した。
 だが物量にものを言わせた地球軍の猛攻を受けたゲルパルトはあっけなく内部分解して戦争は終わり、彼女達は戦場にほとんど現れることなく地球軍に組した遼州の遼北人民共和国や西モスレム首長国連邦などの部隊に保護され、遼州各国に移民することとなった。
 目の前の女性士官もそんな中の一人だろう。誠が見守る中、相変わらず冷たいまなざしで要を見つめている。
 その要はあてつけのようにラム酒をあおると周りを見回して周りの整備員が自分達に注目しているのを確認する。
 そして下卑た調子で話し始めた。
「うるせえなあ。堅物の隊長さんを持つと部下も大変だよ。へいへい、大尉殿!酒はこれくらいでやめさせていただきます」
 周りは一瞬肩透かしを食らったような空気が流れていた。胸をなでおろしている者もいれば、もう少し派手なつかみ合いを期待していた連中はそのまま誠や要を中心として出来た人垣から離れていった。
「ったく二人とも懲りないわね……まあそのために君のような優秀な新人が必要だったわけなのよ。彼女がカウラ・ベルガー大尉。あなたの第二小隊の隊長よ」
 誠はどこか儚げで冷たい感じのするカウラに向かって今度は正式に敬礼した。
「自分が神前誠少尉候補生であります!」
 それまでの要に向けた敵意と言うものが消え、そこにはどこか不器用な笑みを浮かべたカウラの姿があった。
「ふっ、そんなに緊張することはない。それに保安隊では隊長以外はみんな同格というのがルールだ。私はカウラ・ベルガー。私みたいな人造人間を見るのは初めてか?」
 じっと誠が見つめているのに気づいてか、カウラはそう尋ねた。
 彼女も自分の存在が誠を不安にしているのに気付いているようだった。『ラストバタリオン』は製造過程の技術的問題から女性がほとんどを占める。カウラも誠の珍しいものを見るような視線には慣れているようだった。そして明華の隣のテーブルの焼きそばに手を伸ばしている要を無視して誠に手の届くところまで近づいてきた。
「幹部研修の特機の操縦訓練の教官が遼北出身の人造人間の方でした。旧外惑星諸国のクローン兵士作製関連の資料も読んだことありますし……」
 誠は頬が赤みを帯びていくのが自分でも分かった。どちらかと言うと痩せ型というようなカウラを体を包むのは、ライトグリーンの東和陸軍夏季勤務服だが、その胸の部分のふくらみが余りに少ない。
 しかし、誠は背中に粘着するような視線を感じていた。振り向くとわざと目を逸らしている事務系の下士官が目に入ってきた。
 良く見るとその周りの同じような空気を纏った男性兵士達がぼそぼそとカウラを見ながらつぶやきあっている。その陰湿な笑顔に寒気を感じて、誠は目を逸らした。
 戻した視線の前に有ったのは不思議そうに誠を見守るカウラの緑の瞳だった。誠は自然にその笑顔に答えるようにして笑顔を作った。
「なんだ?新入り。もしかして一目惚れって奴か?ひっひっひ」
 要が下卑た笑いを浴びせかけるので、カウラまでその白い肌をほんのりと赤く染めて一歩誠から離れた。
「西園寺。おっお前飲みすぎじゃないのか?」
 少し言葉を噛みながらカウラが要をにらみつける。要はと言えば、慣れた調子でたれた目じりをさらに下げて挑発的に笑顔のようなものを浮かべると言葉を続けた。
「隊長だからって威張るんじゃねえよ。アタシがいくら飲もうが勝手だろ?それとも何か、また今度の演習の時、ボコにしてもらいたいのか?」
 さすがに二人をこのままにするつもりは無いと言うように、明華が要から酒瓶を奪い取った。そこで少し怯んだ要をカウラは見逃さなかった。
「その言葉そのまま返しておくぞ」
 明華が見ている前だというのに、二人は一触即発というようににらみ合いを続ける。誠はこの険悪な雰囲気に耐えられなくなって、助けを求めるように明華を見た。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直