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遼州戦記 保安隊日乗

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 だが目の前の二人はエースでは足りない化け物である。誠は自分の荷物から辞令を取り出して確認してみたい気分になったが、さすがにこの二人の前でそれをするわけにもいかず、呆然と立ち尽くしていた。
「おい新入り!さっさとそこのネコ押してハンガー行くぞ!」
 吉田の言葉で誠は我にかえった。
「ネコ?」
 まだいまひとつ目の前の状況に舞い上がって意識のはっきりしない誠。吉田は呆れたように説明を始めた。
「……ったく幹候上がりのボンボンはそんなことも知らんのか?一輪車だよ。そこにとうもろこし積んだのが置いてあるだろ?それとも何か?東和の幹部候補生は先任の上官に仕事を押し付けるように教育されているのか?」
 ナンバルゲニア中尉が頷いている。助けを求めるように誠が振り向いた先ではマリアも当然だと言う顔で誠の顔を見ていた。
「了解しました。ですが……」
 誠は足元の大荷物に目を降ろした。
「荷物だろ?シャム!荷物を持ってやれ。ロッカーとかはちゃんと用意が出来てるはずだからな」
「えー!あたしが持つのー?俊平が言い出したんだから俊平が持てばいいじゃん」
 頬を膨らまして子供のように抗議するシャム。そんなシャムにわざと中腰になって吉田は言葉を続けた。
「つべこべ言うな!上官命令だ。それと正義の味方は人の役に立たないといけないんだぞ!」
 『正義の味方』と言う言葉を聞くと、急にシャムの顔が生き生きと輝き始めた。
「わかったよ!」
 シャムはちょこまかと誠のうしろに回り込むと、その小柄な体に似つかわしくない強い力で荷物を軽々と担ぎ上げた。
「すいませんがマリアさん。そこにシャムのカブが置いてあるからひとっ走り行ってハンガーのバーベキュー用コンロの様子見てきてくれませんか?新入りは自分が案内しますから」
「まあ実働部隊の部下になるんだからそれがいいな。それにしても今年の作柄はよさそうだな」
 マリアは緑が続くとうもろこし畑を眺めていた。風は穏やかに葉のこすれあう音が響いている。
「うんしょっと!去年は土作りで終わっちゃったから今年はいけると思ってたんだ!また来年は何を作るか今から楽しみなんだけど」
 シャムはふた周りも大柄な誠が持っていた荷物を軽々と背負いながらそうつぶやいた。やはり伝説のレンジャー教官。誠は涼しげに荷物を持って先頭を行くシャムを見てそう思った。
「じゃあ神前君の案内を頼む」 
 そういい残してマリアはシャムのどこから見ても出前用のオートバイに見えるバイクにまたがると、そのまま農道となっているわだちを進んでとうもろこしの中に消えていった。
「しかし君が神前か。あのおっさんから話は聞いてるよ。何でも実家は剣道の道場やってて、そこじゃあそれなりの腕前だったんだって?タコあたりが聞いたら『ご指南お願いします』とか言ってくるんじゃないかな?あいつは短槍の名手ということになってるから」
 見た目はチンピラにしか見えないが吉田は明るく誠に話しかけた。
「短槍ですか。結構手ごわそうですね。まだ他流試合はしたことが無いもので……」
 吉田の言葉に誠はこれから配属される部隊のイメージを頭の中で明るいものに書き換えた。『風通しは良いから』辞令を渡された時、たまたま教育隊に顔を出したと言う嵯峨から聞いた保安隊の環境についてその点だけは納得がいった。
 いつまでも続くかと思ったとうもろこし畑が尽きると、遠くに特機用らしいハンガーが見えた。ハンガーの前では白いつなぎを来た整備員達や作業服や勤務服の隊員たちがバーベキューコンロを囲んで談笑している。
「おい、あそこまで駆け足!メインディッシュが無いとしまらんだろ?」
 吉田にそう言われて一輪車を押して誠は走り出した。剣道と野球で鍛えた腕力と脚力には自信があった。次第に大きくなるハンガーの中に教練用とは明らかに違う新型の特機の影が見えたので誠は自分でも自然と足が速まるのが分かった。
 そんな群衆の中から勤務服を来た女性士官が手にラム酒のビンを持って駆け寄ってくる。
「新入り!早くしやがれってんだ!こっちは肉ばっかり食ってたもんだから胃がもたれてきてるんだよ!」
 耳の辺りで刈りそろえた黒い髪をなびかせながら、女性士官は誠にくっついて来た。酒臭い。誠は階級章で彼女が中尉であることを確認すると恐る恐る声をかけた。
「あの……中尉殿……勤務中に飲酒とは……」
 人を挑発するようなタレ目で誠を見つめる中尉。半袖の制服の腕から覗く手には継ぎ目があり、彼女がサイボーグであることがすぐにわかった。
 だが、誠のその視線が説教をたれた新人対する苛立ちのようなものをかきたててしまったことに気付いた。
「ああっ?上官に向かって説教か?実にいい身分じゃねえか。それにアタシは特別なんだよ。それにしても遅えなあオメエ。貸しな!アタシが押してってやるよ」
 横柄な態度の女性士官はラム酒の瓶を誠に押し付けるとそのまま一輪車を奪い取り、人とは思えないようなスピードでハンガーの前の群衆の中へと消えていった。誠は我を忘れて立ち尽くしていたが群集の彼を見る視線に気づくと思い出したように走り出した。
 よく見ればハンガーの軒下に大段幕があり、そこには『歓迎・神前誠少尉候補生』の文字が躍っていた。
「こらー、早くしなさいよー!肉なくなっちゃうわよー!」
 横断幕の下に群がるつなぎの整備員の中で、一人白衣を着た姿が目立つ技術士官らしき女性が大声を張り上げた。誠はとりあえず彼女に向かって走った。整備員達は誠の行き先がわかったとでも言うように道を開ける。近づいてみれば白衣の女性技官にはまるで女王のような風格があった。
『古代のエジプトの女王様みたいな髪型だな』
 不謹慎とは思いながらも、その肩にかかる三センチ上くらいで切りそろえた髪がなびくのを見てつい誠はそんなことを考えていた。
 勘の強そうな細い眉の三十前後の女性技官。気の弱い誠が自分でもついおどおどと視線を躍らせてしまっている見て、彼女は何とか誠を安心させようと笑顔を作って見せる。
「さすが隊長の弟子というだけのことはあるわね。度胸はともかく結構足速いじゃないの。私は許明華(きょ めいか)一応、あんたも含めて実働部隊の特機とかの整備や技術一般を統括させてもらってるわ。よろしく」
 白衣の下に大佐の階級章が見えたので敬礼しようとする誠を制するように明華は右手を差し出し握手を求めた。それまでの女王様のような高飛車なところが不意に抜けて、笑みがこぼれた明華の顔にはどこか人懐っこいところがあった。
「あの……ここって……」
 明らかに彼女の周りだけ食材が豊富である。つなぎの整備員達は彼女の隣の鉄板で焼き上げた焼きそばを彼女の為だけに火を調節して冷めないようにしているなど、他の士官と比べるとその待遇は彼女がこの部隊で占める位置を暗示しているようで、誠は背中に寒いものを感じていた。
「さあ、あんたが今日の主役なんだから……そこ!主役用にとっといた肉の準備は出来たの!それと装備班はさっさととうもろこしの皮むき作業手伝う!まったく最近の若いのは……って私もそんな年じゃないんだけどね。……そこの手が空いてる奴!気を利かせてカウラちゃんと要ちゃん呼んでくるぐらいのこと出来ないの?」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直