遼州戦記 保安隊日乗
そう言うと嵯峨は銃を構えている誠を眺めて表情の変化を観察する。
「………」
誠は二の句が継げなかった。
銃撃戦、特に室内での犯罪組織への突入作戦と言っても、多くの場合組織犯罪者ならボディーアーマーやヘルメットで身を固めているのが普通だ。その相手にモグラ退治の銃で挑めというのか?誠はそう思うと手の中のステンレス製の銃を眺めてみる。
自殺行為だ。
誠は恨みがましい目で嵯峨のほうを見やる。そんな視線を無視するように嵯峨はタバコに火をつけながら別に気にする風でもなく話を続けた。
「結構手がかかったんだぜ、そいつは。チャンバー周りがガタガタだったから、全部隣の工場に部品発注したんだけど、ボルトのすり合わせがイマイチだったから全部ばらして組みなおして、さっきようやく完成したんだ。さあ、撃ってみろよ」
もう逃げ場は無いらしい。観念すると誠は銃口をターゲットのほうに向けた。
パスン。実に軽い音が響く。反動も銃の重さゆえに殆ど無い。
「伊達にブルバレルで、フロントヘビーになってるわけじゃねえんだよ。続けな」
ダブルタップ、トリプルタップ。そして利き手でない右手での射撃。
どれも正確とはいえないまでも、誠の撃った弾丸はマンターゲットの中には納まった。
「やりましたよ!」
そう言って嬉しそうに振り向く誠を、明らかに冷めた視線の要とカウラが見つめていた。
「やっぱオメエ道場に帰れ」
要がそう言うと、タバコに火をともした。ムッとして誠はそちらのほうを睨み付けた。
「だってそうだろ?22口径ロングライフル弾。幼稚園のガキでも缶コーラの缶に当てるぞ。それが一応とは言え軍人がマンターゲットに当たったからって、いい気になってるのは感心しねえよ。それに……」
要の言葉を聞いて嵯峨が立ち上がった。
「いいじゃん。こいつがピンチの時はオメエ達が何とかすりゃあいい」
別に当然と言うように、嵯峨はタバコをくゆらせ続ける。
「西園寺の言うことにも一理あります。第一、いつも彼をカバーできる自信は正直ありません」
そう言うカウラに嵯峨はため息をついた。そしてそのまま彼女の肩に手をやる。
「でも、やらにゃあなるめえよ。そいつが仕事だ。それに例の乙式の能力を引き出せるのは……」
あきらめたように話す嵯峨。
「乙式って精神感応システムの強化版が乗っている機体でしょ?それのパイロットは本当に僕でいいんですか?」
誠の言葉に要とカウラは嵯峨の顔を覗き込む。精神感応システム。脳の出すわずかな波動をキャッチして増幅した操縦関係装置をオペレーションシステムと同調させてすばやい反応行動を引き出す技術。誠は訓練校ではそう聞かされていた。
「まあお前の考えとは開発コンセプトは違うんだがな。かなり特殊なシステムを積んだ特別製の機体だ。スペック通りの性能を出すとなると、一応、お前くらいのアストラルサイド指数が無いとシステムの発動が難しくてね」
言い訳する嵯峨だがその表情は冴えない。
「叔父貴!精神感応兵器の開発はアメリカでも中止になったはずじゃねえのか?」
嵯峨の言葉をさえぎるように怒鳴る要。
「アメリカにはアメリカの都合があるんだろ?それにあくまで精神感応兵器の開発を中断したと言うのは表向きの発表だ。実際はどうだかわかったもんじゃない。それに前の戦争中から胡州や東和ではかなり研究が進んでてな」
そう言うと嵯峨は誠の手にある拳銃を取り戻した。そしてそのまま視線を床に降ろして言葉を続ける。
「胡州の成果って奴は俺も試験運用に付き合わされてね。菱川と胡州陸軍装備開発局の共同制作の特機の運用についてコメントしたこともあって、その縁で今回乙型がうちに配備される話が来たんだよ。俺は文系だから技術屋の説明聞いてもちんぷんかんぷんだったがな。それにモノがモノだけに研究成果はトップシークレット扱いだ。お前等が知らないのも当然だな」
そう言うと嵯峨はふと隊舎に目を向けた。
「おやっさーん」
グラウンドで球拾いをしていたはずの島田曹長が整備員のつなぎに着替えて駆け寄ってきた。
「おう、ようやくセッティング終わったか?」
嵯峨は島田に向かってそう言うと、タバコを投げ捨てた。
「ええ、吉田少佐のデバックが終わったんで。おかげで乙式はダンビラ装着時のバランス計算もばっちりですよ」
そこまで言うと島田は射撃レンジに座り込んだ。誠は手持ち無沙汰にレンジを眺めていると不自然な草叢を見つけて嵯峨の袖を引いた。
嵯峨は誠の視線の先を一瞥すると要とカウラに声をかける。
「よし!それじゃあ、場を変えようや……って、オメエ等ー何やってんだー?」
誠の見たとおり、嵯峨が声をかけたところを覗き込む。要とカウラは視覚偽装型迷彩で完全擬装した下からアンチマテリアルライフルの銃身が覗いているのを見て唖然とした。
しばらくすると発見されたのに気づいて、双眼鏡と見慣れないバナナマガジンのアサルトライフルを手にした警備班の准尉と、射手であったろうマリア・シュバーキナ大尉が出てきた。
「吉田の真似かー?やめとけよ!あいつは特別製だって言ってるだろ?それにそのゲパードM3の弾代は高えんだから、シンの旦那にどやされるこっちの身にもなってくれよ」
その声が聞こえたのかマリアは後ろで待機していた警備班の連中に擬装とアンチマテリアルライフルの回収を指示している様だった。
「要坊。こいつ擬装中のシュバーキナにすぐ気づいたみたいだぜ?これでも使えねえのか?」
嵯峨はそれだけ言うと島田のあとをついてハンガーへと向かった。
要はいかにも憎たらしいというような表情で誠を一瞥した後、拳銃をホルスターにねじ込んで嵯峨の後に続いた。
「眼は良いみたいだな。戦場ではそれは大事なことだ。悪かったな馬鹿にして」
カウラはそれだけ言うと誠の肩を叩いて、ハンガーへの道を急いだ。彼女について誠は射場を後にした。
夏の日差しが照りつける。カウラの後ろについて歩く誠は汗を拭いながら続いた。
「暑くないですか?」
誠のその言葉にカウラはエメラルドグリーンの髪をなびかせて振り向いた。
「それは気持ちの問題だな」
そう言うカウラの額にも汗が光っているのがわかる。ハンガーの前にできていた人垣はすでに跡形も無くなっていた。
グラウンドではヨハン、技術部装備班長のキム、それに管理部の菰田を加えて明石がグラウンドのランニングを続けているのが誠の目にも見えた。
「ちょいちょい……」
嵯峨が、何気なく半分閉められたハンガーの扉の向こうで手招きするのにあわせて、誠はハンガーに入った。
相変わらず巨人のように聳え立つアサルト・モジュールの一つ、中央のオリーブドラブの東和軍配備の色の機体の前に立つ明華。彼女はシステム担当の下士官と手にした仕様書を見ながら話し込んでいるのが見える。
「じゃあタコがうるさいから行ってくるわ」
そう言った後屈伸を三回ほどして嵯峨はランニングの列に参加するべく走り出した。
カウラと要が見守る中、誠はゆっくりとその機体に向けて歩き始めた。
「ちょっと待って。とりあえずそのスパイク脱いでよ。せっかく整備した新品に傷でもつけられちゃたまんないから」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直