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遼州戦記 保安隊日乗

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 声にやる気が感じられない。
 誠が目をやると荷物置き場に見慣れた04式9mmけん銃と小口径の見慣れない拳銃が置かれているのが分かった。
「さっき勝負してたみたいだけど監督。どっちが勝ったんだ?」 
 嵯峨が要に向かって空気を読まずにそう尋ねた。
「くっだらねえ!さっさと始めねえか!」
 頬を染めて叫ぶ要に頭を掻く嵯峨。
「まああれだ。俺も素振りくらいはしとくかねえ」 
 そうつぶやく嵯峨に要はタレ目を見開いて挑発するような視線を送る。
「それよりちゃんと守備練習しといてくれ。一試合に必ず一回は送球を落とすファーストなんてしゃれにならないぞ」
 要の一言に嵯峨はいじけたように視線を落とした。 
「神前の。野球の時は一応俺がファースト守るから、あまり右方向には打たれないように」 
 視線を落としたまま嵯峨は懇願するように誠に語りかける。
「まあ努力します」
 そう言いながら誠はスパイクのまま射撃レンジの日陰に入った。
 スパイクの金具がコンクリートの射場に乾いた音を立てた。誠の足元を見ながらカウラはガンベルトを巻く。
「でだ。お前等も知ってると思うが神前は射撃が致命的に下手だ。そこで、今日は教官としてカウラ・ベルガー大尉と西園寺要中尉においでいただいてわざわざご指導を賜ろうと……」
 能書きをたれる嵯峨の顔を要が覗き込む。 
「叔父貴。つまんねえ話はいいんだ。要するにこいつの前で保安隊標準の射撃をして見せろっつうことだろ?」
 要はようやく機嫌を直してカウラのほうを見つめた。
 カウラは放心していた。ガンベルトを何度か緩めたり締めたりしながら先ほどのアイシャのとった行動を反芻しているように何も無い中空を見つめている。
「ボケカウラ!聞いてんのか?」 
 要がそう声をかけたとき、カウラはぼけたようにホルスターから拳銃を抜いた。
「馬鹿!止せ!」 
 撃たれると思ったのか要がそう叫ぶ。
「何をそんなに驚いているんだ?」 
 カウラはそう言うと調節するのをあきらめたようにホルスターとガンベルトをレンジの床に投げ捨てた。
「まあ、何があったか知らんが。とりあえず要坊。撃ってみろや」 
 嵯峨はカウラが動けないことを知ってか、すぐに要にそういって見せた。
「新入り!とりあえず射撃ってのはこうやるんだ!」 
 言われるまでもないというように要は腰の拳銃を素早く抜き放った。
 電光石火とはこのことを言うんだろう。要の動きを見て誠はそう思った。実戦での拳銃の射撃の腕前は先日の人質騒ぎで分かっていたことだが、射場に来るとさらにそれは凄まじいものになる。
 3秒間の殆どフルオートではないかという連続した轟音。弾を撃ち尽くしスライドがストップしているが、要は素早く空のマガジンを捨て次のマガジンを装填しようとしていた。
「別にタクティカルリロードの実演なんて必要ないよ」 
 嵯峨が止めたのでようやく気が済んだとでも言うように要はゆっくりと手にした予備マガジンを銃に入れスライドを閉鎖した。
 誠は視線を要からターゲットに移した。三十メートル先の人型のターゲットの首の辺りに横一列に弾痕が残っている。狙わなければこんな芸当は出来ないがそもそも生身の人間に出来る話ではない。
『よしてくださいよ、こんなのと一緒にされても……』
 誠は正直、戸惑っていた。
「さすが、『胡州の山犬』の一噛みと言うところか?」
 満足げに嵯峨はターゲットを見つめている。 
「こんなのただのお座敷芸だぜ。まあ、生身じゃあ出来ない芸当だろうがなあ?」 
 そう言って要はカウラに視線を向ける。
 嵯峨の言った『胡州の山犬』と言う言葉に誠は額の汗が増しているように感じた。誠もその噂としか思えない殺人機械の異名は大学時代に噂で聞いたことがあった。東都戦争でマフィアばかりでなく、裏ルートで動いている大国のエージェントがいたという事実はネットで東和中に広まっていた。
 その一つの部隊が胡州帝国陸軍の非正規特殊部隊。その『胡州の山犬』の残忍な手口、すべての対立勢力をたった一人で皆殺しにする手口。東和警察に助けを求めた運んでいた荷物が何かも知らされていない三下でさえ警察官の目の前でなぶり殺しにするという手口は、ゴシップモノの雑誌の電車の吊り広告でも見たことがあった。
『西園寺さんてそんな人物だったのか……』
 少しばかり軍の内情を知り、非正規部隊が自国の裏情報・資金ルート確保のために東都戦争を利用していたことが事実だと分かった今、その中の伝説的存在『山犬』が目の前にいると知って誠は恐怖していた。
「新入り、なんか顔色悪いぜ。お前のためにやってるんだ。しっかり見てろ。それじゃあカウラさん。生身でどれだけできるか見せてもらおうじゃねえの」 
 要は誠の思惑など気にする風でもなく、嘲笑うかのようにカウラにそう言って見せる。
 呆けていたカウラもその言葉でスイッチが入ったかのようにエメラルドグリーンの瞳の色に生気が戻った。
 銃口をゆっくりと上げ、美しい力の入っていないフォームで二発づつの射撃を8回続けた。銃のマガジンが空になりスライドストップがかかる。
「ダブルタップのお手本だね」 
 嵯峨がやる気なさげにそう言った。
 ターゲットを見る。急所と思われる場所に確実に2発の弾痕を、8つ作っている。
 カウラは表情を変えるわけでもなく、静かに空のマガジンを外して銃を台の上に載せた。要はニヤつきながらそんなカウラを見つめている。
「まあ、見本はこれくらいにしてだ。神前!お手本どおりに撃ってみろや」
 嵯峨はそう言うと04式9mmけん銃を指し示した。
 誠は仕方ないという調子でそれを手に取り、弾が薬室に入っているのを確認すると狙いを定めた。
『とりあえず、ダブルタップで・・・』 
 などと考えて誠は引き金を引いた。
 誠の掌を襲う反動、そして抑えきれずに反射で人差し指は引き金を二回引く。とんでもない方向に弾が飛んでいくのがわかる。
 もう一度仕切りなおす。
 初弾はとりあえず的の中に入るが、二発目の反動のコントロールが効かない。
 養成所での訓練の時も拳銃射撃だけは最低レベルで何度となく居残りをさせられたが、まったく効果がなかったのがいまさらながら思い出された。
「やめろ、やめろ。弾の無駄だ」 
 呆れたように嵯峨がそう言った。
「9パラで何馬鹿なことやってんだ?アタシのXDー40はS&W40だぞ?それにカウラのSIG226も9パラで反動は同じだってえのに……。まじめにやる気ないだろ?」 
 要がそういって下卑た笑いを浮かべる。比べるほうが間違っているんだ、卑屈な感情が誠の心の中を支配する。
「そこで、こいつ撃ってみな」 
 嵯峨はそう言うと、もう一丁置かれていた銀色の小口径の拳銃を誠に手渡した。
「ずいぶんとクラッシックな銃ですね」 
 誠は手の中で見た目の割には重く感じる銀色の銃をもてあそんだ。
「まあ三百年以上前に作られた銃だからな」 
 そう言うと嵯峨は感心したように誠の手の中の銃を眺める。
「貫通力重視で小口径なんですか?」 
 そのまま誠はオープンサイトでターゲットを狙ってみる。
「うんにゃ、それはモグラとか地ねずみとか駆除するための銃だから」 
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直