遼州戦記 保安隊日乗
老舗のビルの業務用らしい粗末なエレベータに二人して乗り込む。
「じゃあマフィアに火をつけたのは……」
若い男は再び背広の中に手を入れて小型拳銃を取り出した。
「それが分かればねえ、俺だって苦労しねえよ。ただ保安隊の隊長としては一つのけじめって奴をつけなきゃなんねえ。安心しな、オメエさんの家族は俺の直参が嵯峨家の直轄コロニーへご同道している最中だ。まあこの一件の片がつくまで家族水入らずで過ごすのも悪かねえだろ?」
エレベータは時代遅れな速度でようやく目的の階に到着した。
「まあちょっとだけ付き合ってくれや。始末はウチでつけるからな」
その言葉に安心したとでも言うように、アンちゃんと呼ばれた男は嵯峨を頑丈そうな扉で閉ざされた部屋へと導いた。あの階下の豪勢な雰囲気はそこには無かった。有るのは奇妙な殺気だけ。それが嵯峨には心地よく感じられるようでにんまりと笑いながら扉を開く。
「邪魔するぜ」
嵯峨に続いてアンちゃんもその後に続く。
中では派手なラメの入った黒い背広を着た、どう見ても堅気とは見えない男が二人、夏だと言うのに気障な紺色の三つ揃えに黒いネクタイの男からの指示を仰いでいる最中だった。
嵯峨は素早く抜刀した。ダンビラが宙に舞った次の瞬間には、二人の男の胴体は首を失って倒れこんでいた。鮮血が部屋に飛び散り首から噴き上げる血が壁や机に飛び散った。
気障なネクタイの男は、さすがに鉄火場を踏んで来たらしく、すぐさま拳銃を抜いて嵯峨に狙いを定めようとしたが、その手を嵯峨を導いてきた若い男の手に握られた拳銃の弾が貫通した。気障なネクタイの男の手の拳銃は床に転がり、思わず傷を押さえたまま地に伏せてじっと嵯峨のほうを見上げる。
嵯峨の制服と部隊章がその男の目の中に入ってきた。それを確認するとあきらめたように一度床に視線を落とした後、ようやく合点がいったかのように作り笑いを浮かべる。
「これは遼南上皇ラスコー陛下……。泉州公、嵯峨惟基特務大佐殿とお呼びした方がいいですかね?今日はどんな用事ですか?血を見るにはずいぶんと早い時間のご訪問じゃないですか」
男はそう言うと刀の刃先を確認している嵯峨を見上げた。そこに覚悟の色のようなものを見つけた嵯峨は、安心したように左手に持った刀を担ぐとそのまま机にしがみついて痛みに耐えている男の前に立った。
「さすがだ。『皆殺しのカルヴィーノ』と呼ばれただけの事は有るねえ。地獄の超特急に乗るのが決まったと言うのに、俺をにらみつけるとはその度胸はたいしたもんだ。なにか用かって……。分かってんだろ?オメエさんの飼い犬がウチの馬鹿を一匹拉致った件に決まってるじゃねえか」
カルヴィーノは悪党らしくニヤリと笑った。そしてそのままよたよたと立ち上がると血が流れている右手で乱れたネクタイを締めなおした。
「何を根拠にそんな……」
その言葉に嵯峨はカルヴィーノの座っていた机を蹴飛ばした。
「舐めんじゃねえぞ糞餓鬼!テメエの所の台所は東都警察が下部組織を四つ潰して、火の車だってことは分かってるんだ。どうせこのまま行ったら次の旦那衆の会合次第で、そこに飾ってある家族ともども地中海で魚の餌になることくらいお見通しなんだよ!」
カルヴィーノの肩が震えていた。そして静かに乱れた金色の前髪を血にぬれた手で撫で付けている。それを見ると冷たい笑みを浮かべた嵯峨が言葉を続けた。
「そこで博打に出たわけだが……相手が悪かったな」
嵯峨はそう言い終わると懐からタバコを取り出した。
「この部屋は禁煙ですよ。大佐殿」
青ざめた顔をしながらも、東都のイタリアンマフィアを統べるボスとしてのプライドから、カルヴィーノは引きつった笑みを浮かべながらそう言った。。
「オメエもタバコやらねえんだったよな。まったくこの業界で禁煙主義なんてつまんねえ人生送ったな?」
嵯峨はカルヴィーノの言葉を無視してタバコに火をつける。カルヴィーノは肩を落として嵯峨の姿をただ見つめていた。
「どうせ何も話すつもりは無いんだろ?その忠誠心はいつも感心させられるよ」
そんな嵯峨の皮肉にピクリとカルヴィーノはこめかみを動かした。
「それはそうと何か言い残すことはねえか?」
嵯峨は低い声でそう言った。カルヴィーノは特に取り乱した風でもなくもう一度ネクタイの緩みを直すと軽く首を振った。そして両手を挙げて静かに目を閉じる。
「それじゃあ、先に地獄で待っててくれや」
嵯峨の剣の切っ先が、カルヴィーノの喉下に突き刺さった。鮮血がタラタラ嵯峨の手にある兼光の刃をを伝って滴り落ちる。カルヴィーノは安心したような笑みを浮かべると膝から崩れ落ちて嵯峨の剣に吊り下げられるように床に膝を突いた。
それを確認するようにして、嵯峨はカルヴィーノの喉から剣を抜いた。力を失ったカルヴィーノの上体がそのまま床に倒れこむ。
「ったく。どいつもこいつも俺に無駄な仕事させやがるな……」
じっとカルヴィーノの死体を眺めながら嵯峨はそう呟いた。嵯峨は兼光に付いたカルヴィーノ達の血を右の袖で拭った。嵯峨の後ろにいた男は静かに手を合わせてカルヴィーノを弔う姿を見せた。
今日から僕は 6
保安隊隊長室で呼び出された誠は明石と吉田と並んで立っていた。そして初めて入る隊長室の混乱振りにしばらく誠は呆然と立ち尽くしていた。明石が以前その混乱振りを語ったように、部屋はガラクタで埋め尽くされている。
決済済みの書類の隣には、万力に固定された拳銃のスライドが見える。来客用のテーブルにはボルトアクションライフルが部品の一つ一つにまで分解されたまま置かれている。本棚には埃を被った大鎧の胴が押し込まれていたり、古新聞の束が紐で束ねられたりしているのが見える。
この部屋の主の嵯峨は、ぎしぎし言う隊長の椅子に背もたれに体を預けてもたれかかり、頭の後ろで両手を組んで三人を見つめていた。
「まさか同盟司法局直属の実力部隊と言う肩書きのうちの隊員がシンジケートにのこのこついて行きましたなんてかっこ悪くて俺も言えなかったんだよ。そこで、まあお前の件は麻薬取引の現場にすり替えて報告したわけ。それと俺がイタリアンマフィアのボスを斬った件は、それにまつわる強制捜査の際に抵抗した連中を切り捨てたと言う線で司直の連中に話したら、喜んで正当防衛と言うことにして一件落着してくれたわけ。それでOK?」
嵯峨は直立不動の姿勢をとっている明石、吉田、誠を前にしてそう言った。
「じゃあ自分の責任は……」
恐る恐る誠はそう言ってみた。嵯峨は顔色一つ変えずに語り始めた。
「聞いてなかったのか?そもそもお前はあそこに突入したって言うことで口裏あわせも済んでるし、警察の連中もそれで書類が作れるって喜んでるんだから問題無いだろ?まあどうせ東和警察の連中には信用なんてされてないんだから、お前が責任云々言う話じゃないよ。まあ俺らの上部組織の司法局には報告義務があるからそれなりの書類出して処分を待つ形だが……明石ちゃん。今度は減俸二ヶ月は食らうかな?」
減俸という言葉に誠は思わず背筋に緊張が走るのを感じて隣の明石と吉田に目をやった。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直