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遼州戦記 保安隊日乗

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 にんまりと笑う吉田。明石は階段から座敷を覗いているアイシャとサラの視線を見つけると、振り返って殺気のこもった視線を吉田に投げた。
「ワシはホモじゃない!」
 明石の言葉に何も答えず頷く吉田。その真似をしてネコミミモードのシャムも頷いている。
「漫才はそれくらいにして、カウラさん以外はビールで良いかしら?」 
 お春さんは嵯峨のお酌を止めて立ち上がると、淡々と客をさばく女将の姿に変わっていた。
「女将さんアタシはキープしたボトルで!」 
 誠の前の席で手を上げた要がそう叫ぶ。そんな要を誠の隣に座ったカウラは特に気にするわけでもなく鉄板の上に手を翳しては、時折誠の顔を覗き込んでいた。
「はい、はい。小夏!ちょっと手伝って頂戴」 
 そう言うとお春は階段を駆け上って吉田の隣に座った後、ネコミミを直しているシャムの後ろを抜けて階段のほうに歩みを進めた。
「そういえばシンの旦那はどうしたい?また残業か?」 
 嵯峨がそれとなく明華に尋ねる。明華は几帳面に手を拭いたお絞りを半分に折りながら顔をあげる。
「05式納入の書類が溜まってるんですって。先にはじめてて下さいって言ってましたよ。ただ三十分くらいで終わるから、そのころにはコーヒーとアンキモを用意してくれって……」
 誠は耳を疑った。コーヒーとアンコウの肝と言う組み合わせがどう考えても理解できなくてそのまま隣の要を見た。 
「あの旦那の舌、絶対狂ってるぜ?コーヒー飲みながらアンキモ突くんだからなあ……」
 ようやく彼女の話題が途切れたことに安心している要が、そう言って誠の視線にこたえる。誠はそのタレ目ながらも鋭い目線で見つめられて思わず視線を落とした。
「おい新入り!いきなりめを背けるなよ。まさかお前までアタシのことガチレズだと思ってるんじゃないだろうな?」
 おどおどとした誠の態度に苛立った要の声が誠の耳に響く。誠は一瞬カウラに助けを求めようかと思いながらも、それではさらに事態を悪化させると要の目を見つめて言った。 
「いえ!そんなつもりじゃあ……」 
「よせ要。今日は歓迎会のはずだ。お前が暴れていい日じゃない」 
 カウラは静かに要をたしなめる。カウラと要の間に流れた緊張をほぐすように、タイミングよくお春と小夏の親子が飲み物と箸、そしてお通しを運んできた。誠はほっとしたように小夏から受け取ったお通しのきんぴらごぼうに箸を伸ばした。
「お待たせしました、はい要ちゃんはラム。くれぐれも飲みすぎて店を破壊しないようにしてね」
 そう言いながらグラスと瓶を要に手渡した。嬉しそうに要は瓶のふたを取ると、琥珀色のラム酒を手の中のグラスに注いでいく。
「お母さん、そのど外道に何を言っても無駄だって。どうせなら塩水入れて持ってくればよかったのに……」 
 吉田のテーブルにお通しを並べながら小夏がつぶやく。
「何か言ったか?小夏坊!」 
 要はそう言いながらテーブルにグラスを叩きつける。
「はいはい怖い怖い……。師匠!今日はネコ耳ですか!着ぐるみは着ないんですか?」 
 小夏は要の態度を馬鹿にしておどける様なしぐさをすると、シャムにそう話しかける。
「うん。俊平が新人の前で本性を現すのはまだ早いって言うから。俊平!本性って何?」
 小夏から受け取ったお通しの小鉢を持ち上げて眺めながら吉田はシャムの問いに答えた。 
「あのなあ。お前の普段着を見たら新人さんが絶望して辞めちゃうだろ?それにどうしても着たいって言うなら止めなかったぜ。着ぐるみきてタクシーに乗る度胸があればの話だがな」 
 吉田はいつの間にか階段のところまでビールのケースを運んできていたアイシャからビール瓶を受け取ると立ち上がって明石の席まで行って、明華の差し出すコップにビールを注いだ。シャムもそれを見ると次々とビール瓶を並べていくアイシャから瓶を受け取って立ち上がると、そのままリアナの前にあるコップにビールを注いだ。
「それじゃあ誠君には私が注いで上げるわね」 
 そう言うとアイシャはそのまま誠の隣に膝をついてビールを注ぎ始める。カウラと要が迷惑そうな顔をしているが、アイシャはまるで関心が無いと言うようにそのまま誠のグラスを満たすと、自分あまっているシンのグラスを取り上げて自分の分のビールを注ぎ始めた。
「クラウゼ、それにラビロフにグリファン!ドサクサ紛れの接待か?ご苦労なこった」 
 嵯峨に声をかけられて階段から座敷を覗いていたサラとパーラが頭をかきながら入ってくる。小夏は二人の分のコップを出すとそのままビールを注いだ。
「嵯峨さんは日本酒ですよね?」 
 そう言うとお春は嵯峨の手にあるお猪口に酒を注ぐ。
「じゃあ春子さんも飲みましょうよ、めでたい席なんだから」 
 そう言って嵯峨が明石が持ってきた新しいグラスを春子に手渡して、そのままビールを注いだ。隣では小夏に烏龍茶を告いでもらったカウラがお返しをしていた。
「じゃあ、注ぎ終わったみたいだし。ここでつまらねえ訓示をしても仕方ないや。とりあえず初の実働部隊新入隊員の前途を祝して乾杯!」 
 嵯峨はここは隊長らしく日本酒の猪口をかかげた。その場の者はそれぞれにコップを差し上げ誠と乾杯するが、一人要は一息にラム酒を飲み干すと手酌で注ぎ始めた。
「西園寺!ペース速すぎだぞ!」 
 カウラがそれとなく促す。
「へいへい悪うござんしたねえ。どうせアタシは空気が読めませんよーだ!」 
 要はそう言うとまた一息でコップのラム酒を空にした。
「はいお待たせしました。小春!シャムちゃんの豚玉は3倍盛のだからね」 
 駆け上がってきた小夏のお盆の上。彼女はお好み焼きの具とたこ焼きを乗せた大きな盆を持ったまま器用に隊員達の間をすり抜けて歩いていく。誠はそれにどことない色気を感じて眼を伏せた。そんな誠に微笑を浮かべてお春は誠の隣に座った。
「あら、ビール空いているのね」 
 そう言うとお春はビールの瓶を持つ。照れながら誠がコップを持つと彼女はゆっくりとビールを注いだ。
「神前君でいいのよね。うちは本当に新さんにお世話になりっぱなしで……」 
 微笑んだ目元に泣きぼくろが見える。
「そう言えば何で隊長は新さん何ですか?」 
 誠が言葉をかけるとお春は楽しげに嵯峨の方に視線を飛ばした。
「昔ね、世話になった時に椎名新三郎って名前で自己紹介したのよ。どうもその時のことが忘れられなくて……。ああ、そう言えば私達の紹介もまだだったわね。私が家村春子、この店私のお店。それであの子が小夏。中学二年生だったわよね?」 
 そんな春子の言葉に小夏は口を尖らせた。
「お母さん。『だったわよね』じゃ無いでしょ?」 
 小夏にそう言われると春子も右手で軽く自分の額を叩いた。
「ごめんね、小夏」 
 そう言いながら今度は烏龍茶を手に春子をにらみつけていたカウラに向かう。
 カウラは戸惑いながらもコップを差し出した。
「おい新入り!おめえロリコンだけじゃなくて年上好みなのか?」
 要の冷やかす声が飛んだ。ビールを持って明華達のテーブルに向かう春子の背中を見ながら誠は少し冷や汗をかく。 
「聞こえてるぞ!外道。じゃあ外道には烏賊玉で……」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直