ドードー鳥のウィンク―ハローグッバイ―
……いったい私は誰に言い訳しているんだろう。冷静になるように努めようとした。それでも私は胸の高鳴りを抑えることはできなかった。ベッドから飛び起きて顔を洗い、跳ね上がった寝癖を水で濡らした後、クシで直す。そして、買ってもらったばっかりの、あのワンピースに身を包んだ。
朝ごはんは少ししか食べられなかった。いつもはおかわりするくらいなのに。そんな私を見てお父さんはニヤニヤしながら「甘酸っぱいねえ」と私を茶化した。
もともと余裕をもって目覚ましをセットしておいたから、待ち合わせの時間まで大分あった。歯磨きをして、財布を小さなバッグの中に入れて、時計を何度も見て、鏡で変なところがないかを確認した。とにかく落ち着かなくてそわそわしてしまう。時計の秒針を見て、一秒の長さを改めて知った。予定の出発時間が全然近づいてこないのがもどかしくて、落ち着かなくて。結局、私が外に出たのは予定より三〇分前だった。
十時に動物園の最寄駅の下河駅前に集合。
……のはずだったよなぁ。
三十分前に到着するから絶対私の方が先に着くはず。
そう思ってゆっくりと駅に行くと、森下君が駅の前で手を振っていた。
腕時計を確認する。時間がズレていた?いや、でも朝のTVで調節したから違うはずは……
とりあえず森下君に謝る。
「ごめん、私遅れた?」
森下君は一瞬びっくりしたような顔をしたあと、かぶりを振って
「いいや。僕が早く着きすぎたんだよ」
と笑顔で返してくれた。
「ええっと、森下君もひょっとして朝早く目が覚めたの?」
「うん、目覚ましが鳴る前に起きたのは初めてだよ。一時間も早く起きちゃった」
「そっか。森下君もそうだったんだ。私もそうなの、だって男の子と二人で行くってなんだか……って!」
何言っちゃっているんだ私は!これはそんなんじゃない!うん、一切そんなもんじゃない……、どうしよ。まずいよほら、森下君もカチコチになってる。
「そ、それじゃあ出発進行!」
危ない危ない。今日の約束はあくまで動物の絵を描くため。そういうのとは違う、全然違う。だから落ちつけ私。
自分の鉛筆が思うように進まない。
(動物たちが実際に動いているからだ。森下君が隣にいるからとかそういう理由じゃない)
そう心に言い聞かせる。
作品名:ドードー鳥のウィンク―ハローグッバイ― 作家名:伊織千景