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ミルク金眼

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「リディア、どうしたの?」

クリスティナの軽やかな声が響く。
元は神殿だけあって、無意味に高い天井に反響して聞こえる。
この天井のせいで、ほんの少しのたき火では、温まる事なんてできない。天井すら恨めしいものだった。

「なんでもないわ。こんな暖炉いっそなければいいのにって思ってたところ」
「まぁリディアったら!・・・でもそうよね、火のない暖炉なんて、憎たらしいだけだわ」

今年12歳になるクリスティナはけぶるように美しい金の長い髪が魅力的な美少女だった。抜けるような白磁の肌、新緑の緑色の瞳を縁取る長い睫毛。
こんな孤児院にいなければ、いや、こんな辺鄙な田舎の孤児院でなければ、すぐに里親が見つかるなり、結婚相手が見つかるだろう。
それを思うと、今すぐにクリスティナとサランジュを連れて、こんな村を飛び出して行きたい。
だが、それも難しい事はわかっている。外は雪だらけ。馬で10日もかかるとなりの町へどうやって辿り着けばいいのか。

「ねぇ、リディ、今夜はどうしましょうか?もうすぐ小麦が無くなるわ・・・そしたら、わたしたち・・・」
「大丈夫よ、きっとなんとかなるわ。毎年そうだったじゃない」

気休めにしかならない言葉をリディアは明るく吐いた。そうでもしないとやっていけなかったからだ。
残っている小麦はほんのすこし。
あとは、ドライフルーツがちいさなコップに1杯とオートミールがボールに一つ。
そして、よくわからないが東の国の果てから商人が持ち帰ったという、白いぶつぶつした固いものが1ガリオス。
この見た事も無い物は、村人も怖がって誰も買わなかったのだ。10日掛けて村に運び、カケラも売れもしないものを10日掛けて運ぶのは利益がないと思った商人が、ほんの少しの食材と交換してくれたものだ。
きっと商人も村八分にされている私たちを哀れに思っていたのだろう。
クリスティアに「君は綺麗だから隣の町まで一緒に行こう、きっといい人が見つかるよ」と声をかけていた。クリスったら行けばいいのに、と思ったけれど、同時に私の可愛い妹を高値で売りつけるのかともおもった。
この、ライス?という物が意外とくせ者で、水につけた後に煮るととても増えてくれるので助かるのだ。味のほうは、癖があってなんだか苦手だが、背に腹は代えられない。きっと調理を工夫すればおいしく食べられるのだと思うのだけれど。

「とりあえず、今夜はあのよくわからない白いモノを調理しましょう。どうにか美味しく出来ない物かしらね?」

「塩だけは、たくさん残っているから、今日はちょっと塩を強くして見ましょう?それから、昨日の寒波で鶏の産んだ卵が凍ってしまったって神殿に置いて行ってくれた人がいたわ。それをいれたら、栄養にもいいと思わない?」
「それはありがたいわね!今日はそうすることにするわ、出来るだけ雪を溶かして嵩を足しましょう」
「・・・・調理するのにも、薪が無くなるのよね・・・・どうにかならないかしら。雪の下から枯れ枝を拾ってみるとか・・・」
「それで失われた体温は、やっぱり暖炉で温まらないとダメなのよ?そしたら意味が無いわ。拾った枝も乾かないと使えないし。どちらも同じ事よ」

そうやって雪の下から拾う事は、この孤児院で苦労を重ねた少女たちが一度ならず試した事だった。
少女達の苦労や悔恨、そして涙に怨恨、その全てが記された日誌に何度も何度も書かれている。だが、結論としては、何もせずに小さく固まっている事が一番だと書かれていた。
寒さで凍えた体のままではそのまま死んでしまうし、その体を温めるために必要以上の薪を使うことになる。やはり、夏の間に必死に貯めた薪を大事に大事に使うしかないのだ。
神殿の大広間、唯一の暖房器具が或る部屋の隣の小さな小部屋にその本はある。
悲しい現実を知らせないように、子供達のなかで一番の年長のものだけに伝えられる日誌たち。
壁一面を覆う本棚には悲鳴が塗り込められているようだった。
この神殿が始まり、ドラゴンガーデンが産まれたその日から綴られている日誌は、何十冊にも及んだ。
毎年の儀式のように人を減らしたドラゴンガーデンの新しい年長者が、それを読み、そして、新しく書き足して行く。

そして、今年の年長者はリディアだった。



きっと、私はこの冬を越せずに死ぬのね。


覚悟ばかりついてまわる。






作品名:ミルク金眼 作家名:ルイト