ミルク金眼
ミルク金眼と呼ばれる目がある。
金色の目の中心は白色。ミルク色の瞳孔で、遺伝には関係なく産まれてくる。所謂ところの突然変異だと言われていた。
とある地方では、神のように敬われ、とある地方では、奴隷のように迫害される。
神を育てるなど恐れ多い。
このような奴隷は私の子ではないわ。
産まれた子供を捨てる親も珍しくなく、それどころか溢れていて、どちらの地方でも平等に子供は捨てられた。
ルストニア大国の端、ルティアの森の入り口のルステンからさらに10日馬に乗ってようやく到着する辺境にその村はあった。
村の名前はルーデニス。今はもう覚えている者もいないだろう。
ルデニアは豊穣の女神、金の髪に大地の色の目をもった神とされる。
同時に死と再生を司り、遥か昔、この村の中心にルデニアが降り立ち、この森を作ったと、村の人々は信じていた。
ルストニア大国の王家は、ルストリルという名の神を信仰している。従って、首都、および大都市部の周辺は、同じようにルストリルを信仰した。
だが、そんな王家の威光の届かない地域では、建国など気付かないように土着の神を信仰していた。
土着の神も全く関係のないものではなく、ルストリルに関係のある神々だったので、王家はそれを黙認していたのだ。
村は小さく、人々はみな家族のようなものだった。
枠の中の結束は強固で、堅牢である。
その小さな枠からはみ出しているのが、村の外れの神殿に住まう少女達だった。
土着の信仰があるとはいえ、近代化の波がこの小さな村にも流れてきて、ルストニアの神を信仰する人間も現れてきた。若者は特にそれが顕著であった。
神殿は寂れ、訪れるものなどいない。
そこで暮らす彼女たちの生活は貧しかった。
彼女たちは、神殿の巫女ではない。
それなのになぜ神殿で生活しているのか。
まだ神殿が栄えていた頃。そこには心優しい巫女がたくさんいた。
神殿の巫女は処女でならなくてはならず、小さいこの村ではある程度の年になると、母親になるために神殿を下りていく。
そのため、年若い少女達が代わる代わる結婚するまで巫女として神殿に上がり、ルーデニアの神に仕えていたのだった。
しかし、信仰が薄れると共に神殿にあがる少女もいなくなり、自然と神殿から人は消えて行く。
残されたのは、行き先の無い捨てられた子供たちだった。
薄暗い石造りの神殿は、時に隙間風が通り抜け、温まる事などない。
中央に作り付けられた暖炉は、薪どころか枯れ木すら手に入る事の無い現在、飾りと化したままである。
その暖炉を見つめながら溜め息を着くのは、ここで一番年長のリディアだった。
「・・・今年の冬はこせるのかなぁ・・・」
燃えるような赤毛の髪を肩のあたりで結んだ顔は、沈痛に青ざめている。
今はもう覚えている者もいないだろう。一年の半分以上が雪に閉ざされたままだった。
その長い冬のために、春とあるかないかの夏の間必死に薪を拾い、枯れ枝を集める。
それでも、子供たちの集められる数はほんの僅かで、半年以上もの冬を支えるには到底足りなかった。
一番年長のリディアですら、今年ようやく15を数えたところである。
それでも長年の栄養不足が祟って、とてもその年齢には見えない。
去年の冬まで、リディアの上には二人いた。
16歳のフランカと、マリーミシェル。赤い髪が美しくてよく似た二人だった。違うのは目の色だけ、フランカはごく薄い緑を溶かしたヘイゼルに、マリーは空の青。とはいえ、年中雪だらけのこの国で空の色など知らない。ただ、人が言っているのを聞いただけだ。
二人は双子なのかもしれないくらいに似ていたが、死に様もまたそっくりで、二人のお揃いに憧れていたリディアは、ほんの少し羨ましかった。
お揃いであることを支えにしていた二人の、最後の救いになるといい。
冬の寒さの最中に死んだので、凍死ということになっている。
それでも、本当は違うことはわかっていた。
餓えて死んだとも言えるし、事故とも言える。
そして、また殺人とも。
この神殿の孤児院の名前はドラゴンガーデン。
今はもう覚えている者もいないだろう。
信仰を忘れた人々は、神殿で祈る事も無くなった。
ごくたまに、ここにいる子供に施しを与えにくるだけだ。
それは、とてもありがたい。だがそれも十分ではなかった。
今年の冬は、15歳のリディアと、12歳のクリスティナ、9歳のサランジュで超えなくてはならない。
3人とも、年相応以上には炊事もできれば家事もできる。
そうとうの節約をして日常をこなしてはいるが、それでもまだまだ切り詰めなくてはならない。そうでないと、冬を越せないのだ。
この孤児院には、一風変わった資格があった。
肉親が居ない事、行く場所が無い事。そんなごく普通のことではない。
少女であること。
それの為に、雪で村への道が閉ざされない間は頻繁に一番近い町から呼ばれた医者の監査がはいる。
リディアはそれが大嫌いだ。
信仰を忘れたくせに、そんなことばかりは口をだしてくる。
それを誤摩化すように、監査の一団は孤児院にたくさんの食べ物と薪、そして蝋燭を置いて行く。
それが自分たちの生活を支えていることはわかっているのだが、監査団など二度と来ないといい。常にそう思っている。
金色の目の中心は白色。ミルク色の瞳孔で、遺伝には関係なく産まれてくる。所謂ところの突然変異だと言われていた。
とある地方では、神のように敬われ、とある地方では、奴隷のように迫害される。
神を育てるなど恐れ多い。
このような奴隷は私の子ではないわ。
産まれた子供を捨てる親も珍しくなく、それどころか溢れていて、どちらの地方でも平等に子供は捨てられた。
ルストニア大国の端、ルティアの森の入り口のルステンからさらに10日馬に乗ってようやく到着する辺境にその村はあった。
村の名前はルーデニス。今はもう覚えている者もいないだろう。
ルデニアは豊穣の女神、金の髪に大地の色の目をもった神とされる。
同時に死と再生を司り、遥か昔、この村の中心にルデニアが降り立ち、この森を作ったと、村の人々は信じていた。
ルストニア大国の王家は、ルストリルという名の神を信仰している。従って、首都、および大都市部の周辺は、同じようにルストリルを信仰した。
だが、そんな王家の威光の届かない地域では、建国など気付かないように土着の神を信仰していた。
土着の神も全く関係のないものではなく、ルストリルに関係のある神々だったので、王家はそれを黙認していたのだ。
村は小さく、人々はみな家族のようなものだった。
枠の中の結束は強固で、堅牢である。
その小さな枠からはみ出しているのが、村の外れの神殿に住まう少女達だった。
土着の信仰があるとはいえ、近代化の波がこの小さな村にも流れてきて、ルストニアの神を信仰する人間も現れてきた。若者は特にそれが顕著であった。
神殿は寂れ、訪れるものなどいない。
そこで暮らす彼女たちの生活は貧しかった。
彼女たちは、神殿の巫女ではない。
それなのになぜ神殿で生活しているのか。
まだ神殿が栄えていた頃。そこには心優しい巫女がたくさんいた。
神殿の巫女は処女でならなくてはならず、小さいこの村ではある程度の年になると、母親になるために神殿を下りていく。
そのため、年若い少女達が代わる代わる結婚するまで巫女として神殿に上がり、ルーデニアの神に仕えていたのだった。
しかし、信仰が薄れると共に神殿にあがる少女もいなくなり、自然と神殿から人は消えて行く。
残されたのは、行き先の無い捨てられた子供たちだった。
薄暗い石造りの神殿は、時に隙間風が通り抜け、温まる事などない。
中央に作り付けられた暖炉は、薪どころか枯れ木すら手に入る事の無い現在、飾りと化したままである。
その暖炉を見つめながら溜め息を着くのは、ここで一番年長のリディアだった。
「・・・今年の冬はこせるのかなぁ・・・」
燃えるような赤毛の髪を肩のあたりで結んだ顔は、沈痛に青ざめている。
今はもう覚えている者もいないだろう。一年の半分以上が雪に閉ざされたままだった。
その長い冬のために、春とあるかないかの夏の間必死に薪を拾い、枯れ枝を集める。
それでも、子供たちの集められる数はほんの僅かで、半年以上もの冬を支えるには到底足りなかった。
一番年長のリディアですら、今年ようやく15を数えたところである。
それでも長年の栄養不足が祟って、とてもその年齢には見えない。
去年の冬まで、リディアの上には二人いた。
16歳のフランカと、マリーミシェル。赤い髪が美しくてよく似た二人だった。違うのは目の色だけ、フランカはごく薄い緑を溶かしたヘイゼルに、マリーは空の青。とはいえ、年中雪だらけのこの国で空の色など知らない。ただ、人が言っているのを聞いただけだ。
二人は双子なのかもしれないくらいに似ていたが、死に様もまたそっくりで、二人のお揃いに憧れていたリディアは、ほんの少し羨ましかった。
お揃いであることを支えにしていた二人の、最後の救いになるといい。
冬の寒さの最中に死んだので、凍死ということになっている。
それでも、本当は違うことはわかっていた。
餓えて死んだとも言えるし、事故とも言える。
そして、また殺人とも。
この神殿の孤児院の名前はドラゴンガーデン。
今はもう覚えている者もいないだろう。
信仰を忘れた人々は、神殿で祈る事も無くなった。
ごくたまに、ここにいる子供に施しを与えにくるだけだ。
それは、とてもありがたい。だがそれも十分ではなかった。
今年の冬は、15歳のリディアと、12歳のクリスティナ、9歳のサランジュで超えなくてはならない。
3人とも、年相応以上には炊事もできれば家事もできる。
そうとうの節約をして日常をこなしてはいるが、それでもまだまだ切り詰めなくてはならない。そうでないと、冬を越せないのだ。
この孤児院には、一風変わった資格があった。
肉親が居ない事、行く場所が無い事。そんなごく普通のことではない。
少女であること。
それの為に、雪で村への道が閉ざされない間は頻繁に一番近い町から呼ばれた医者の監査がはいる。
リディアはそれが大嫌いだ。
信仰を忘れたくせに、そんなことばかりは口をだしてくる。
それを誤摩化すように、監査の一団は孤児院にたくさんの食べ物と薪、そして蝋燭を置いて行く。
それが自分たちの生活を支えていることはわかっているのだが、監査団など二度と来ないといい。常にそう思っている。