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やさしいこもりうた

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 言葉に詰まって私は思わず視線を彷徨わせた。道に迷ったからだろうか。知らない場所に辿り着いたからだろうか。どれも正しくてどれも違う気がした。私はどうしてここにいるのだろう。何のためにこの公園に入ったのだろう。
「例えばあなたがアンナという名前で、今仕事に行く途中だったとしても、それは些細な情報に過ぎないでしょう?」
「どうしてそれを」
「ただの推測」
 感情の読み取れない瞳で私を覗き込んで、少女は目を細めた。
「あなたは自分が何をしたいのか、何をするつもりなのか知っている? そしてどうすべきなのか」
 どうだろう。少女の謎めいた問いかけに本気で答えを探すのは馬鹿げた行為かもしれなかったが、私は考えずにはいられなかった。流されるように日々を過ごすばかりで、目的など今まで持ったことなどなかったのではないか。探そうとしたこともなかったのではないか、と。
まるで私は記憶を失った人のようだ。そんな考えが浮かんだら無意味に笑いが込み上げた。名と肩書きを知るばかりで、その他は何も知らない。此処も、相手も。もしかしたら私自身のことも何も知ってはいないのかもしれない。それは記憶喪失と何も変わらない。
「何を笑っているの?」
「こちらの事情だから気にしないで」
「そう」
 一拍の呼吸の後、少女は続けた。
「あなたはここにはいられない」
「どうして?」
「私がここにしかいられないように、あなたにもいるべき場所がある」
「どういうこと?」
「あなたは仕事に行かなければ」
「あっ」
 そこで初めて少女は密やかな笑みを漏らし、人差し指を自身の唇にあてた。年相応の幼さが覗いて、私は少しだけ嬉しくなった。


「この道をまっすぐ行けば知っている道に出られるから」
「あなたは行かないの?」
「私はここまで」
 もときた道とは異なる道を行く少女についていくと、やがて彼女は振り返ってそう言った。気づけば遠くから自動車の音も踏み切りの警告音も聞こえてきていた。
「さよなら」
「あなたとはまた会えるかしら、マリアさん」
「マリアでいいわ」
「じゃあ、マリア」
「どうかしら、あなたが望むなら」
「アンナと呼んで」
「アンナが私を求めるのなら、その時はいつか」
 触れたマリアの指先はその白さに反して温かく、冷えた私の指先に熱を移した。
「後ろは振り返らないで」
「どうして?」
作品名:やさしいこもりうた 作家名:nonaka