桜のお話
根元から水分を、枝の先の先まで送ります。
同じように水分や養分を送るのですが、日の当たる方から花開いていきます。
南向きの枝から、淡い桜色の花弁を広げていきます。
蕾をひとつ咲かせるたび、ふわりと喜びが生まれます。
一枝満開にさせるごとに、私は解放されていきます。
この大地の奥深くへと、風の届く天空の彼方へと、ひらかれていくのでした。
グルグルル・・。
聞いたことのある音がします。
エンジンの音でした。
人の往来が絶えて久しい道を、何かこちらに向かって来るようでした。
沈丁花の香りを吹き飛ばすように、排気ガスの匂いも漂ってきます。
大きなトラックが、近づいてきます。
首の長いショベルカーが、荷台に乗っています。
通り過ぎるのを私は願いました。
けれど、小さなお家の前に大きなトラックは、止まったのでした。
灰色の作業服を着た人たちが、大きな図面を広げています。
大声で何事か話している様子ですが、トラックや車のエンジン音に、聞き取れませんでした。
トラックの荷台からショベルカーが、降ろされました。
ガシャンガシャンと地面を揺らしショベルカーは、容赦なく小さな庭に入り込みました。
あのささやかな空中庭園、小さなお家の屋根に、その首を振り下ろします。
ショベルカーが頭を一度下げると、小さなお家はペシャンコに崩れてしまいました。
モウモウと立ち上るホコリを、呆然と眺めておりました。
小さなお家が建てられたときからのホコリでした。
ショベルカーが頭を下げたまま、私に突進してきました。
メキメキ・・・幹が裂けていく音が、響きます。
根がプツプツ千切れ、ふわりと根元が、浮きあがります。
そして私は、地面に横倒しになっていました。