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桜のお話

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3.春眠


 小さなお家には、いろんな人がやってきては、去っていきました。
あるときは小さな庭いっぱいに凝ったつくりの盆栽の鉢が、置かれていた時期もありました。
たくさんの子供達が替わりがわりにやってきて、お習字の教室になったこともあります。

 小さなお家はやがて、誰も住まなくなりました。
夏草が生い茂り、ススキやクズなどの葉陰で、こおろぎが歌うばかりになりました。
小さなお家の瓦の間に一本の草が、ひょろりと芽を出しました。
そして次々と草が芽を出して、小さなお家の屋根は、小さな空中庭園のようになりました。
長年たまった枯葉が腐葉土となり、風に鳥に運ばれた草木の種が芽を出したのです。
小さなお家の小さな庭は、いつしか人の身の丈ほどに草が伸びていました。

 木枯らしが、今年もやってきました。秋色に染まった葉を、くるくると舞い躍らせます。
夜露が霜に変わる頃、私は冬眠に入ります。
すべての葉が散り落ちた時、根から水分を吸い上げることすら忘れ、眠り込んでいました。


 春の気配は、風が運んできます。
梅の香りは目覚めの合図、硬い冬芽の殻を割り、蕾に水分を送る準備をします。
沈丁花の香りは花開く合図、それまでにしっかり目覚めなくてはなりません
。ふっくらと桜色の蕾をたわわに枝に付け、日差しの温かさや風の色あいに、私はうっとりしていました。
もうすぐです。
あと数日のうちに、沈丁花が香ることでしょう。
小さなお家の住人はもういないけれど、小さな屋根には淡い緑の若芽が顔を出しています。
小さな空中庭園には、気の早いタンポポが、かわいらしい花を咲かせています。
陽だまりでうとうとするサチのように、葉を円く広げてまどろんでいました。
タンポポの花は丸くて黄色くて温かい、太陽に似ています。

 風が春の香り、沈丁花の開花をしらせてくれました。
毎年繰り返す春を告げるこの瞬間、毎年待ち望んでいた瞬間です。
この瞬間のために、花が散ったあとの360日間を、過ごしているのかもしれません。

作品名:桜のお話 作家名:茉莉庵