スコーピオン
それで今日の4の日、
ずいぶん温かくなってきた。
最初はぎくしゃくしていたものの
スコーピオンと白海も
大分お互い距離をとれるようになり
慣れてきたみたいで、
またスコーピオンが
けっして口だけではなく、
タフで、献身的な私への想いと
それを反映できる強さを持っていることに
周りの幾人かの教養のある人間が気がつきだしていた。
そのため、ある種の人々がよせる
スコーピオンへの反感と軽蔑も否応なしに高まり
妙に城内は緊張した拮抗する空気を湛えており
その最中、この日の午後
拳闘会が行われた。
少しだけ説明すると
これは、何回も開催される
こまごました拳闘会とは異なり
年に一回開かれるだけの
昇進、配属にも影響する
重大(だと思われている)ものであり
むろん、城内の武を職にするものは
全員欠席不可、全員出席である。
(建前には、棄権することも可能であるが
私の心証を悪くするぞ、という
いわば、お金とか名誉とか
そういったものに
多大に影響する、と思われている)
場は勇んでいる男たちであふれ
特に、涼しい顔をした白海の隣に立つ
まったくの無表情、
鉄仮面をかぶったのような顔をした
スコーピオンは
じろじろじろじろ
まるで珍獣でも見るかのように眺められ、
誰も口にすることはないが
こいつをなんとか倒したい、と
そういった思いを
醸し出している
やけに荒い気配であふれていた。
開始前に
「なんにも気兼ねせずに、
相手を倒してきなさい、私に恥をかかすなよ」と
言ったのがきいたのか
結局誰もスコーピオンを倒すことはできず
むしろ、彼らは少しの戦いで
すぐに寝転がってしまって
最終的に
スコーピオンと白海が戦うことになったのだが
白海はもうやる気がまったくなかったらしく、
棄権してしまったため、
スコーピオンが優勝と言うことになった。
表彰前によくやったな、とこっそり言うと
「かんたんでした」
ぽつ、と彼はつぶやいた
「ひとりで獣を討伐するより楽です」
そして棄権したため
月給が下がる心配はないのか、と思う白海に
「お前、白海手を抜くなよ」と
こっそり囁くと、白海は憮然としながら
小さく「いやだっつってんだろ」と言う。
もう敬語さえ使う気になれないらしい。
横で聞いていた叔父が噴き出しそうになっていた。
さて優勝者にはなんでも贈ることになっているが
スコーピオンがほしいのはなんだか
お前、検討がつくかい、と
小さな声で、白海に言うと
さあね、でもあんたはわかってんだろう、と
もう放り出して完全に拗ねた話をする。
いやいや、お前ね、いじめるなよ、というと
あのね、おれはね、いじめてないよ
いじめているのはあんたでしょう、という。
だいぶ長い付き合いなので
ばれつつあるらしい。
***
さて、まぁとにかく
一旦身なりを整え、
みなで場を移して
スコーピオンは
王座の真ん中にあがり、
私の前に緊張した顔つきで
(闘っている間にもしたこともない表情で)
私の言葉を待っている。
「スコーピオン、
よくやった。みごとであった。
流石、私の付き人だけある、
見事なものだった」
「おほめにあずかり……、
ありがたい限りです」
「うん、で、優勝者には
なんでも贈ることになっている
私が出せる範囲なら
お金でも暇でも、
あるいは家でも部下でも
くれてやろう、何がいい」
「……」
泣きそうな目で私を見て
無言で額に汗を流していたスコーピオンは
いきなりひれ伏し、
頭を地にこすりつけて叫んだ
「わ、わたしは
その、あ、あなた様の
そ、その、ワンさまに
ふ、ふれることが
できましたら
無上の喜びでございます」
ざわざわ、と急に観衆が盛り上がる。
野次が飛ぶ、みのほどをしれ、だの。
「ははは」
いや驚いたふりをしなければ。
「うん、これは驚いた」
「演技が下手だな」
白海がつぶやく。うるさい。
「うん、では
立ち上がりなさい、スコーピオン」
観衆がひどい騒ぎ方をしている。
私は近づいていって
がちがちにかたまっている
スコーピオンのほほにふれ
口づけをした。
さて、ここから先は少々端折らせてもらう。
なぜかと言うと、
だいぶいやな話だし
つまり、スコーピオンを
よろしく思っていなかったやつらは
彼を罠にかけ、ついにおんだしてしまったのだ。
私は手の中から彼がいなくなり
ひどい不機嫌といやな気持を抱いた。
彼らのやり方の卑怯さ、またこっかつさは
舌を巻くほどで、スコーピオンは
自ら暇をもらい出て行ってしまった。
それから3年が経った。