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スコーピオン

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流石にすぐに上質な部屋を与えるのは
無茶だろう、と思えたので
馬小屋の隣にある、粗末な部屋を
スコーピオンに与えて、
ここでゆっくりしろ、と言ったら
深々と私に頭を下げた。
黒い美しい髪が額に揺れる。
木の戸を閉める前に、スコーピオンが
きらきらした目をしていたのを
私はおぼえている。

不思議と満ち足りた感じを覚えながら
自室に戻ろうとして、
あ、そうだ仕事を与えねば、と思い
あとをついてきた白海に
「彼を守りのやつにいれろ」と言ったら
白海はぶつぶつ言いながらも、
「嫌です」と言いながらも、
守りの主、墨地に連絡をとっていた。
この男はいつも、私に反発しながら
必ず言うことを聞く。

次の日から
(実のところ
自分でもわからないのだが、
なぜこれに思い当らなかったのだろう)
スコーピオンは守りに入れられ、
そしてだいぶ苛められてしまったらしい。

***

その後に会ったとき、
スコーピオンは血まみれであり、
その目の光を消し
守りの人々に、鞭打たれていた。

ぴし、ぴし、という音と
その度、スコーピオンの小さな息をのむ音が響く。
私が、それをしばらく見ていたら
白海が隣で「止めてはいかがですか」と
あっさりという。
(うーん、やっかいだなぁ……)と思った。
というのも、
スコーピオンが鞭打たれながらも
私に気がついた時
どうもこれは私に関係があるぞ、と思わせる、
妙に喜び耐え偲ぶような、
決心したような顔を
確かにしたのだ。
「おい、どうした」と聞くと
守りの主である黒地
(いい男なのだが、少し保守的だ)は
意地の張った眉をして
いえ、こいつが勝手なことをしましたので
罰です、と言う。

勝手とは何だ、というと
無言で私を見上げる。
その粗野な目をじっと見ていると、
観念したように黒地はため息をついた。
「ワン、彼は昨夜
ワンの部屋の下に
蛇を見つけた、と騒ぎまして
蛇は、その
私が目で見ても
そんな大したことのないように思えましたが
とにかく彼は、ワンの部屋の下に居たい、と
言いますし
そんなことをしては
とても無礼だから辞めるように、と
いったん引き下がらせたのですが、
だのに深夜私たちを欺きまして、
その、ワンの部屋の下にずっと居たようで……」
「あはは」
笑ってしまった。
と、鞭を打つのを止めた守りの一人が
私を見上げながら口はしに
これまた粗野な笑みを浮かべながら
「こんな身分の卑しいものを
守りだの、そばにおくのはどうかと思います。
あなたの窓の下でなにをしていのか
わかったものではありません」
「蛇は毒をもっていました」
ふと
まるで騒がしい周りの風を一切無視して
スコーピオンが急に口を開いた。
目を見ると、さっきまで消えていた光が
戻り宿っている。 
風のない黒青の湖に光る、月のようだ。
「あれは噛まれたら死にます、
ワン、お気をつけください」
「だまれ」
黒地が焦ったように叱り飛ばす。
「おまえは少し気がせいているのだ」
「うん、いい、いいよ、黒地、
こいつは守りをぬかそう」
さっきまで決して揺らがず
ただ耐えていた
スコーピオンの顔が
それを聞いた途端、ゆがんだ。
「ワン……」
絞り出される悲鳴のようにささやく。
それを聞こえなかったように
「それがいいかと思います、ワン」
黒地がごつごつした顔にふいた汗を
ほっとしたように拭う。
「私もこういうのは苦手です」
「うん、すまなかった
気が利かなかったね」
「ワン」
スコーピオンは声を震わせて
「自分は、ワン……
僕は、あなたのそばにいたい」
「うん、焦るなスコーピオン
おまえは私の隣の部屋に来なさい、
白海と同じ部屋になるが、
まぁかまわんだろう、
寝台は少々窮屈だが
二段の上が空いているし。
えーと白海、おまえいじめるなよ
スコーピオンは
白海と同じ、私の付き人にしよう」
周囲にいた人々の
息をのむ音がした。
場が凍りつく、というのは
たぶんこう言うことだろうな。
白海が不機嫌に「いやです」と言った。

作品名:スコーピオン 作家名:夜鷹佳世子