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町内会附浄化役

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5 町内会のお仕事


 中学一年の時に買ったTシャツに、小さなしみが付いたダボダボのナイロンパンツ。それが今日の斎月のファッションだ。朝、着替えているうちに、なんだかせつなくなってきた。なんだって日曜にこんな格好で川の土手に行かなきゃならんのだ。ていうか、祥はじめ近隣の町内会のみなさんと顔を合わせなければならないのが面倒くさい。
 集合時間は午前9時半。ゴミ袋持参で。
 御幣島の町内会長の鈴木さんにあいさつ、向こうにいる人もたしか御幣島の人だった記憶があるが、名前が思い出せない。あんまりしゃべったことないので、声はかけない。小川さんはさすがに欠席だ。さらには見たこともない他地域の人びともいる。
 ぼーっと突っ立っていたら、後ろから突然声を掛けられて驚いた。
「ちゃんと時間通りに来たのね」
「いつみちゃん!!」
 いつみは学校指定とおぼしきジャージを着て、右手に折り畳んだゴミ袋を持っていた。
「まあねー。正直言うとそんなに乗り気ではないけどね」
 空気を入れてふくらましたゴミ袋をバサバサと振り回しながら斎月は答える。
「でも、やらなきゃしょうがないんだから、文句言ってもしょうがないっちゅう話」
 だんだん人が集まってきたので、十の地域の町会長のうちで最年長の佐野さんがみんなを集めて話を始める。
「えー、今日は皆さんお忙しい中、お集まりいただいて……」

 佐野さんの話を聞くともなく聞いていると、向こうから祥がゆっくりとやって来るのが見えた。あいかわらずだるそうな歩きかただ。祥は目立たないように後ろに回ると、体を傾けて立った。なんであんなにやる気ないんだ。
「えー、では班に分かれてもらって清掃をはじめたいと思います」

 斎月の班は、最初から雰囲気が悪かった。
「なーんか緊張感あるな、この班」
 脳天気な御幣島の神の声がする。
「どーおもう、さつきー? そう思うだろう?」
 斎月の顔を覗きこんでくる。ていうか普通の人がいる時には話しかけないで欲しい。
 確かに班の雰囲気は良くはなかった。特に斎月はなんでこのメンバー? と思わずにはいられない。怜子がいるのだ。
 そもそも怜子が町会の活動に参加していること自体が驚きだ。そしてこの班の雰囲気の悪さも、その怜子の存在が原因だった。
 御幣島の婦人会に属する津久井さんは、沈みがちな雰囲気にあまり頓着しない質らしく、一人で話題を繰り広げてくれている。しかし…
「井上さんはこの時期に浄化役になって大変ですね?」
 なぜかやたら斎月に話題を振るのはちょっと迷惑。
「ええ、まあ。」
 苦笑いを浮かべながらそれだけ言う。だから、気の効いたこと言えないんだってば!
 怜子はまっすぐ前を向いて、斎月の方を見ようともしない。
「でも、浄化役の方が地域を守ってくださるから、私たちは安心して生活できるのだもの。がんばってくださいね」
 褒められているのだろうが、どういう反応を返せば良いやら分からない。
「そうそう、三枝(さえぐさ)さんのお父さんも浄化役でしたね」
 津久井さんが思い出したように言い出した。
「ほー、三枝かあ。え? この人三枝の娘さん?」
 御幣島の神がしげしげと怜子を眺める。
「ほえー、そうかそうか。大きくなったなー。いや、気づかんかったよ、オレ。」
「三枝さんもいい浄化役でしたよねえ」
 津久井さんがしみじみと言うと、怜子は突然きっとなって津久井さんを見た。
「おえ、ど、どうしたんだ」
 御幣島の神がびっくりしたらしく、斎月の肩からずり落ちそうになった。
「家族のことは、私には関係ありません!」
 怜子の剣幕に津久井さんは驚いたらしく、しどろもどろになりながらしゃべる。
「ご、ごめんなさい。私……ただ、三枝さんは本当に素晴らしい人でしたから。あの時のこと、私今でも覚えてます。」
「そうだな、三枝はいい奴だったよ……。あのことは残念だったよ、娘さん」
 御幣島の神が怜子に向かって言った。すると怜子が御幣島の神の方をにらんだような気がした。見えていないはずだが。
 津久井さんも黙り込んでしまい、雰囲気はますます落ち込んだ。

 朝が早くて、しかもずっと動いているので、ものすごくお腹が減ってくる。お腹が減って、太陽光線にもやられてふらふらになり始めた頃に、ゴミ拾いは終わった。その後、町内会で用意したお弁当を食べることになっている。斎月と怜子は班全員分のお弁当をとりに行った。
 なにか話をした方がいいとは思うのだけど、話題が思いつかないし、話しかけていいのかどうかすら分からない。
「斎月ちゃん、そっちの包みを持って」
 突然怜子に話しかけられて、斎月はビクっとした。
「う、うん」
 そんな斎月を御幣島の神がものめずらしげに見ている。
「どうしたん? なんか挙動不審だよ?」
 斎月は御幣島の神を黙殺した。
「もしかして斎月ちゃん、昔のことをまだ気にしているのかしら?」
 怜子はあいかわらず前を向いたままそう言った。
「そんなことはないわよね。だって別に斎月ちゃんはなにもやっていないもの。ただなんとなく私たちは疎遠になっただけ」
 斎月は怜子が本当に言いたいことがよく分からなくて、その横顔を無言で眺めていた。

 班の人たちは二人が弁当を運んで来ると、斎月の方の弁当に殺到した。怜子は無表情のままで斎月の方の弁当が売り切れるのを待っていた。

「なんで怜子はハブにされてんだ!!」
 斎月といつみが弁当を食べている横で、御幣島の神が叫んだ。怜子が元浄化役三枝さんの娘だと知ってから、怜子ビイキになってしまったらしい。二人(と一柱)から心持ち離れた場所で祥が弁当を一人で食べている。智穏から誘われたにも関わらず、智穏のグループから見える範囲で、しかも一人で食べているのが全くの謎だ。
「どーでもいいだろ、そんなこと。飯がまずくなる!」
 その祥が突然口を出す。この微妙な距離感なのに、こっちの話題に入ってくるのか。
「そんなにいやな話なのか」
「ていうかさー、神様は御幣島を守ってるわけでしょ? なんで住んでる人間についてそんなに無知なわけ?」
「そんな細かいところまで把握してるわけないだろ!」
 御幣島の神は気分を害したようだ。
「はあ、そっすか」
「ともかく説明しろ、特にお前と怜子の関係を!」
 斎月は弁当のご飯をつっつきながら、話しだした。
「あたしと怜子ちゃんは小学校のときクラスがいっしょで仲が良かったのよ」
 二人は親友だった。学校にいる間はずっといっしょで、家に帰ってからもランドセルを置いたらすぐまたいっしょに遊んでいた。
「ほうほう、ところがいつのまにか疎遠になったと。お前、そのパターン多いな、斎月」
「そんな単純じゃないのよ」
 いつみが静かに口を出した。
「そだよな、なんでハブられてるか説明してもらってないもん」
 斎月があいかわらずお米をつついてるのを横目で見て、祥はため息をついて言った。
「怜子のお兄さんは、昔コンビニ強盗をしたんだ。今は少年院にいる」
「ふーん。それでハブられてんだ?」
 御幣島の神は普通のテンションで聞いた。
「そうだよ。なんせ、そこのコンビニの店長に大怪我負わせたからな」
「そんで斎月も怜子をハブにしたんだ」
作品名:町内会附浄化役 作家名:つばな