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町内会附浄化役

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「なんであんたそんなに早起きなの? おばあちゃんみたい!」
「だってえ、今日は先輩と遊びいくからー」
 がさっと音をたてて飛び起きてしまった。そうか。そうなのか。もてる女は日曜の朝に
寝こけていたりはしないのか。
「デートですか」
「デートですよ。いいじゃん、お姉ちゃんも祥とデートでしょ?」
 半笑いで充輝がのたまう。ケンカ売ってんのか!!
「あ、もうこんな時間。私行かなきゃ! お姉ちゃん、早く下降りなよ!」
 またバタバタと充輝が階段を降りていく。もうだめ、ノックアウト。充輝が野球部エース
とラブラブしている間に、私は祥と町内見回り? あり得ない!

 眠い。つらい。朝のわりには暑い。もう歩きたくない。近所の人に挨拶するのめんどく
さい。
「よし、斎月、弥無の流れが読めるか?」
 朝だというのに溌剌とした祥が尋ねてくる。
「さあ」
 全くやる気がない斎月は、弥無を読もうともしないで答える。
「うーん。まだ無理か? 目を閉じてみ。そしてこう、心を落ち着かせて……。あとは、こ
う感覚だな。この間の感じを思い出すんだ!」
 溌剌とした祥は思いのほかうっとうしい。
「うーん」
 面と向かっては文句の言えない斎月は、目を瞑るだけ瞑ってみる。
「ほらほら、なんか感じるだろう?」
「うるさいなー、もう! 集中できないじゃん!」
 斎月が怒鳴ると祥は黙った。
「うーん」
 斎月はちょっとだけ集中しようとしてみる。この間の感じ? どんなだっけな、確かちょ
っと意識を自分の外側へ向けたのだと思う。祥の近くにいると、汗が冷える感じがする。
これが清い弥無?
 そう、なんとなくわかる。
 祥にまとわりついて離れないこの気配が「清い」弥無なのだ。それは決して居心地が
いいものではなかった。どちらかといえば緊張をはらんだ、畏敬を抱かせるような気配。
これが清い気配。
 こうやっていると、ものにはさまざまな気配があることが分かる。においのように、ただ
よい出てくる気配、これが弥無だ。
「なるほど」
「分かったか」
 祥が満足気にうなずく。
「次は弥無を探るんだ」
「さぐるー?」
「土地を流れる弥無を読み、とどこおっている所、つまり、悪い弥無のたまっている場所
を見つけだすんだ」
「……なんだそれ」
「ここはお前の土地だ。どこになにがあるか、そこはどんな場所か知ってるはずだ。お前
は常にこの土地に根付く弥無と生きてきた。お前は本当は知っているはずだ。どこに汚
れた弥無がたまるかを」
 知るか、そんなもん。
「この街に興味ない。この街に根付いてもいない。将来は東京に行くし」
「逃れられないんだよ、斎月。一度そこに住んだものは、その土地に縛られる。どこに移
り住んでも、かつて住んだ街と言うのは忘れ得ないものだよ」
 それが今、何の関係が?
「弥無を探ってみろ。わりと近くに感じるはずだ。暗い弥無を」
「近くに?」
 斎月は目を閉じてみる。左の後頭部の生え際がざわざわする。胸がふさがるような感
覚。左側に行きたくない。多分これが悪い弥無の感覚だ。
「左に行きたくない」
「よし!」
 祥がやたらとうれしそうに叫んだ。
「左に行こう!」

 そう、弥無が読めれば読めるほど、穢れた弥無のある場所には近付きたくなくなるも
のなのだ。
「行きたくなーい」
 ずるずると祥に引きずられるようにして弥無の穢れている方向へ向かう。暗い弥無が
どんどん流れていき、溜まっていくようだ。空気が重たくて息が苦しい。吐き気を催すほ
どだ。
「なんか……けっこうやばいんじゃない?」
「どんどん穢れた弥無が集まっていく。普通じゃない。誰かの悪意が弥無に影響を与え
ているんだ。このままでは悪意が具現化する。急げ! 斎月!」
 祥が走り出す。斎月も慌ててあとを追う。ふと横を見ると、神様が毛を逆立てて、目を
剥いていた。
「どしたん?」
 神様のすごい形相に若干引きながら、斎月は恐る恐る尋ねる。
「多分間にあわない」
「……間にあわないと、どうなるんですか?」
 神様がその問いに答える前に、斎月は前方で起きた大きな爆発にびっくりして立ち止
まった。爆発音は音というよりは耳の奥にひびく重い衝撃で、耳とのどの奥をやられて、
斎月はえづいた。生暖かい風が爆発のあった場所から吹いてくる。斎月はその風に悪
寒を覚えた。それはおそらく暗い弥無。
 暗い弥無が大量に流れていく。発散された穢れた弥無が、本来正常な土地に留まる
ことが出来ず方々に散っていくのだ。
「これはすごいな」
 祥がつぶやくように言った。確かに尋常でない量だ。斎月は胸騒ぎがして落ち着かな
かった。こちらに行っては行けない気がする。とても強くそう感じる。

 爆発の起こった場所は、幹線道路である本庄通から一本入った道で、人通りは決して
少なくはなかった。人びとは、道の端でうずくまっている男性を横目で見て通り過ぎてい
く。
「小川さん!」
 斎月はそう叫んで駆け寄った。
「知り合い?」
「御幣島の理事長」
 町会に命をかけている、あの小川さんだ。
 祥が頭に手を当てると、小川さんは低く呻いて、薄く目を開けた。彼は頭から血を流し
ていて、よく見ると、左足が少し変な方向に曲がっていた。斎月は思わず目を背けた。
「大丈夫ですか?」
 斎月が声を掛けると、小川さんはかすれた声で返事をした。意識はしっかりしているら
しい。
「いったい何があったんです」
「分からない」
 祥の問いに小川さんは震える声で答えた。
「突然風が吹いてきて、わたしの体にまとわりついたんだ。そして体のあちこちを締め付
けて、その後のことは覚えていない……」
 辺りに立ち込める暗い弥無は、どんどん流れ出ていくが、一向に晴れる気配がない。
尚も小川さんにまとわりつこうとしている。
「斎月! 弥無を祓え!」

 とうとう来てしまった。再びこの瞬間が。
 祥は言った。大事なのは気持ちだと。そしてそれ以外はなにも教えてもらっていない!
 これで何をしろと言うのだろうか。だいたい気持ちって簡単に言うけど、実はそれが一
番難しいんじゃないか?
「だってどうやれば…?」
「願うんだ、強く!」
 そして照れもあった。大まじめに土地の浄化を願うって? そんな恥ずかしい真似が
出来るか!
「強い意志で思いをかたちにするんだ」
 祥はあいまいな言を繰り返すばかりで、彼の力を使ってくれる気はないらしい。自分で
なんとかするしかないのか。
 だから斎月はなんとか真剣に考えようとする。土地への愛着なんて全然ない。だから
土地が穢れようが何しようが私には関係ない。でも人が傷付くのは感じ悪いと思う。
「土地がどうこうっちゅうのは、正直よう分からんけど、要はこれは人の悪意が具現化し
てるんでしょ? 誰だか知らんが、そうとうタチ悪いね、そいつ。もうこれ以上人を傷つけ
させたりはしない!」
 これが浄化の言葉? 祥はちょっとあっけにとられたような顔をしていた。
 斎月の言葉は火の粉のように飛び散って、きらきらと舞った。その小さな光は空気の
中に飛び散って、暗い弥無を浄めていく。辛くも浄化を免れた弥無は拠り所を求めて一
定方向に向かって流れはじめた。
「逃がすな!」
作品名:町内会附浄化役 作家名:つばな