町内会附浄化役
3 浄化役、始動!
斎月は、祥と歩いていた。
もっと正確に言うと、祥と祥にくっついている浦江の神、そして斎月にくっついている御幣
島の神と歩いていた。浦江の神はなぜかうさぎみたいなかたちをしており、御幣島の神は
猫みたいな形をしていたが、本人曰く虎らしい。
「なんであんたと一緒に行動しなきゃならないんだ」
斎月が文句を言うと、祥は気分を害した。
「俺だってヤだよ。でも仕方ねーじゃん、いつみがお前に色々教えろって言うんだもん」
結局、斎月も祥もいつみに頭が上がらない。どんより暗い雰囲気の二人に対して、二柱
の神はすこぶる機嫌がよかった。
「オレはうれしいねっ。祥の弥無は清いからな。居心地がいいんだよ。好きだなあ、祥」
御幣島の神が言い出した。本来斎月に憑いているはずの御幣島の神は、祥にべったり
張り付いている。その点斎月はちょっとシャクだ。
「……それってどういう意味? 私は清くないのか?」
「正直、斎月はそんなに清くない。……でも安心しろ! 普通だから」
なんか普通って言われると腹立つ。
「気にすることないよ、斎月ちゃん! オレは君のこと好きだから」
浦江の神が話しかけてきた。
「あんたは若い女の子が好きなんだろ」
バカにしたように祥が言う。
「馬鹿なことを言うな、祥! おれはそんな不埒な奴じゃないぞ!」
浦江の神と祥が揉めだした。
なんかうっとうしい。
彼らは今、弥無のケガレが強くなっている場所に向かっていた。
「なんでこっちに向かってんの?」
なぜみんなが疑いもなくこちらに向かっているのか、斎月には分からなかった。
「なんだ、お前分かんないのか?」
祥が言った。本人は意識してないかもしれないが、なんか人を小馬鹿にしたような感じ
がしてならない。
「公園のあたりだな」
御幣島の神が言っているのは、大きなマンションの前にある公園のことだろう。こちらの
方向で公園といえばそれしかない。
「な? 近付くと弥無のケガレが強くなってくるのがわかるだろ?」
浦江の神が斎月に言うが、斎月には全く分からない。分からないというのも何だかしゃく
だったので、あいまいにうなずき、みんなについて行く。
公園の中には四人の小学生の女の子がいた。遠くから見ている分には仲良く遊んでい
るように見えるが、みんなの表情を見るに、どうやら穢れた弥無の原因は彼女らにあるら
しい。
「うげえ、近付きたくねえ」
祥が顔をしかめて言い放った。
「なんで?」
斎月は思わず聞いてしまった。
「だってあれ、やばいよ! 濃すぎるよ!」
祥は全身を使って拒絶している。
「そうも言ってらんないだろう? あの弥無のケガレを払うのが浄化役の仕事なんだから」
浦江の神がそう諭しても、祥は乗り気ではないらしく、ぐずぐずしている。そして実をいう
と、斎月もさっきから、あまりその小学生に近付きたくないなと感じていた。
「よく分かんないけど、あたしもあんま近付きたくないなー」
斎月が控えめにそう言うと、祥(と二柱)はびっくりして斎月の顔を見つめた。
「なんだ、弥無を感じてるのか」
「んあ?」
何を言われているのか分からない。
「イヤなんだろ、近付くのが」
「うん。だってなんかこう、空気悪いっつうか」
斎月は小学生四人の辺りにとげとげしい空気があるのを感じていた。それは歩いていく
につれて強くなって、その四人に近付くことをためらわせる。
「それが穢れた弥無だ。イヤだろうがこれにわざわざ近付いて、しかもこれを浄化するの
が浄化役の仕事なんだよなー」
祥はそう言うと、長いため息をついて、のろのろと小学生たちに近付いていった。斎月も
しょうがなく後に続く。
小学生は祥に気づくと、ぴたっと話をやめた。少し気まずそうだ。あまり人に聞かれたく
ないような話だったのかもしれない。
「なにやってんの。いじめか?」
祥は何でもないことのように、単刀直入に言った。たちまち小学生たちの態度が硬化す
る。どうやら図星だったらしい。
「なによ、いきなり。あんた誰だよ!」
「俺は、浄化役だ!」
祥は自信たっぷりに言い放った。
「げっ。こいつ浄化役だって!」
一人の小学生が、異質なものを見つけた時の悪質な喜びで顔を輝かせた。
「あの独り言ばっか言う」
「町をほっつき歩いてるヒマジンの」
「変態集団!!」
……変態集団……。
祥と斎月はひとしくショックを受けた。
「おい、祥、こいつら殴ろうぜ。」
浦江の神が怒りもあらわに叫んだ。
「祥はともかく、斎月ちゃんを侮辱するなんて許さん!」
「まあ待て。そんな小学生相手に目くじらたてんでも」
「あ、ほら、独り言言った!」
小学生がすかさず祥の口を指差した。
「うっ」
指差されて祥はたじろぐ。なるほど、独り言だわな、と斎月は思った。
「と、ともかくだな、お前らのせいで、ここら辺の弥無の状態が悪くなってんだ。意地の悪い
ことはやめろよ」
しどろもどろながらも、祥が大人な対応を見せる。
「ほら、変なこと言ってる!」
「変人だ変人だ!!」
祥はグッと言葉に詰まった。こぶしを握りしめている。まさかとは思うが、小学生の女の
子に暴力振るうつもりじゃ……。なんかこの男ならやりかねない気がする。
「ま、まあまあ、ともかくね、キミたち、なんでこの子をハブにしてるの?」
斎月は無理やり笑顔を作って、さっきからずっと黙っている女の子を指差した。さりげな
く祥と女の子たちの間に入り込む。
彼女の纏う雰囲気(たぶん弥無)は他の三人の小学生の纏うものとは少し異質だった。
だけどそれがどう違うのか、なぜそう感じるのかは、斎月には説明できなかった。
「だって」
「こいつ泥棒だもん」
「泥棒猫!」
「泥棒ってお前……、お前、なにしたんだ?」
祥が尋ねても、その子は押し黙ったままだ。
「こいつの兄ちゃん、本屋で万引きしたんだぜ」
「エロ本!」
「ほんとだもん! うちの姉ちゃんがバイトしてる本屋でしたんだ! 姉ちゃん言ってたも
ん」
「……」
祥は言葉を失ったらしい。
「どうしたの、祥。なんか心当たりでもあるの?」
斎月が冷ややかな目で言った。
「そ、そんなわけあるか! びっくりしたんだよ、泥棒猫なんて言うから、てっきりこの子が
なんかしたんかと思って」
「あやしー。ねー」
「ねー」
斎月と浦江の神が調子を合わせる。
「と、ともかくだなっ。お前ら、そんなことでイジメとかやってんじゃねーよ。だってそんな
の、この子のせいじゃねーだろ」
「でも、この子も変な子だもん」
「そう、変人!」
黙っている祥の方を恐る恐る見てみると、祥のこぶしにまた力が入っていた。斎月はち
ょっと不安になる。
「お前ら、いい加減にしろ! 恥ずかしくないのか! もう分別のつく歳だろ! しょーもな
いんだよ、やることが! 俺からみたら、お前らの方がよっぽと変人だよ。変人!!」
斎月はちょっと感動を覚えた。
「おおっ。祥ったら、小学生と同じフィールドに立って喧嘩してるわ。……ある意味すごい
ね」
「ある意味、ヤツはイノセントだからな」
小学生女子たちは、祥の剣幕に少しおびえたようだ。小学生から見たら祥も立派な大