町内会附浄化役
2 いつみとの再会
確かにこの話で唯一おいしい点があるとすれば、いつみちゃんと会える、ということだろ
う。
八阪(やつさか)いつみは鷺州神社の娘で、斎月より一つ学年が上の幼なじみ、だった。
過去形なのは、最近会ってないから。
いつみちゃんはバツグンの成績を活かして名門女子校へ進学。私は平凡な成績で平
凡な公立高へ進学。だんだん疎遠になっていったのはしょうがないことかも知れない。
いつみちゃんもまた、地元のスターだった。もちろん頭がいい、というのもあるが、一番
の理由は彼女が「神通広大」だから。彼女には不思議な力があって、時々予言をしたりす
る。彼女が鷺州を流れる本庄川の洪水を予言したことは、もはや伝説だ。
どう考えても斎月といつみではつりあいがとれない。そんなこともあって、斎月は自然と
いつみと距離を置くようになっていた。
鷺州神社の鎮守の杜は、住宅地のまん中にあるのに、そこだけ切り取られたかのよう
に静かで、降り注ぐ光も、周りの空気も清らかで美しく感じる。よく分からない緊張を引き
ずって、斎月はその杜を歩いていた。最初に何を言おう。何通りもシュミレーションする。
久しぶり、かな、やっぱり。まあ、第一声はなんとかなるんだけど、その後が問題なんだ。
うだうだと考えていると、あっと言う間に社務所の前についてしまった。戸の前を三回往復
してから、斎月は覚悟を決めた。
社務所に入っておそるおそる声を掛けると、奥から返事がした。しばらくして出てきたい
つみは巫女の恰好をしていた。
「あら、斎月。やっと来たのね」
いつみは斎月にとても自然に声を掛けた。まるで毎日会っている友だちのように。その
おかげで斎月は一気に気が楽になった。いつみの斎服はきれいに整っていて美しい。
「いつみちゃん、巫女さんの服、すっごい似合ってるよー」
気が緩んだせいで、斎月はいらない一言を言ってしまう。いつみはあからさまにいやな
顔をした。
「エロオヤジみたいなこと言わないでよ」
「だって……すごいきれいだもん」
もごもごと言いつのる斎月を見て、いつみはため息をついた。
「相変わらずね。ともかくあがりなさい」
部屋にはすでに一人、人がいた。
「げ、なんであんたがいんのよ」
斎月が吐き捨てるように言うと、奥野祥(おくのしょう)はあからさまに傷付いた顔をした。
「知らないよ。俺だって別に来たくて来たんじゃない」
「彼は浦江地区の浄化役なのよ。私が呼んだの」
いつみが穏やかにそう言ったので、斎月は黙り込んだ。
そうか、知らなかった。
祥はいつみと同学年で、鷺州神社の隣にある円照寺の息子だった。それゆえ、祥はい
つみと親しい。もしかしたら斎月よりいつみと親しいかもしれない。つまりは、斎月にとって
この上なく歯がゆい存在、それが祥。
いつみは斎月に手で座るように指示し、自分もすっと座った。斎月はしょうがなく、祥の
隣に坐る。祥はまだふてくされていて、斎月が座ると、ちょっと横にずれた。子供か!!
「斎月、あなた、浄化役についてはどの程度理解してるの?」
「いやー、正直言ってなんにも」
斎月はちょっと恥ずかしそうに言って笑った。
「まあ、そうでしょうね」
いつみはにこりともせずに言った。
「土地を浄化するというのが浄化役の役目。具体的には土地の『弥無(ミナ)』のケガレを
払うのが仕事」
斉明が語ったのはこうだ。
この土地には昔から独自の信仰、もしくは思想ともいえるものがある。それが「弥無」と
いう考え方なのだ。
「弥」とは「あまねく」という意味。つまり広く隅々までいきわたっていることを表す。そして
「無」は存在しないという言葉。つまり、どこにでも存在し、同時にどこにも(物質としては)
存在しないもの、それが弥無なのである。「気」とも似通った部分のある思想であるが、と
もかくこの地方ではそれを弥無と呼ぶ。
弥無は生物に影響を与え、生物もまた弥無に影響を与える。つまり、弥無が穢れれば
生物である人間に悪影響が出るし、人間の悪意は弥無に悪影響を与える。
浄化役の役目はこの弥無のケガレを払うことである。土地を浄化することで人びとの悪
意を遠ざけ、人びとの悪意を遠ざけることで、土地を清く保つ。
「そんなこと言ったってさあ、一般市民の私なんかに、その弥無のケガレってのを払う力
なんてないよ。いつみちゃんじゃあるまいし。」
斎月は若干ふてくされ気味に言った。本当はまだなんとかして断りたいと思っているの
だ
「これからできるようになるのよ。あなたにはこれから御幣島地区を護る神様を憑ける。
その神様の力であなたは弥無を感じることが出来るようになるわ」
いきなり何を言い出したのだろう、いつみちゃんは。オカルト系? まあ、神社の娘だけ
ど……。実は町内会って、ちょっとヤバイ系の組織?
「そういうのっていつみちゃんだから出来るんであって、私とかはムリじゃない? だって
あたし、幽霊とか見たことないし! こっくりさんも自分で動かしたタイプだよ?」
「浄化役に選ばれた以上、どんな人にもその能力はつくのよ。たとえば祥でさえ」
まじで!?? 町会の仕事受けただけでそんなオプションが!!
「なんかそれってひどい言い方じゃん?」
祥がぷぅーっとふくれながら言った。
「斎月にも出来るようになる。さあ、ついていらっしゃい」
いつみはすっと立つと部屋を出ていってしまった。
いつみが斎月を連れていったのは、鷺州神社の端にある小さな祠の前だった。きれい
に保たれてはいるが、普段あまり人に見返られていない雰囲気がある。いつみが言うに
は、斎月の家の近所にある御幣島神社(とっても小さい神社だ)の神様を分祀したものら
しい。
「あなたには御幣島の鎮守の神を憑ける。浄化役に選ばれた以上仕方のないことだから
我慢して。そして神が憑いた以上、自分は一種の憑坐なのだという自覚を持ち、清くある
ことを心掛けなさい」
「……はい」
なんだかよく分からんが、大変なことになってしまった。ていうか我慢してってなに? な
んか嫌なことなの? 勢いで「はい」って言ったけど、清くあるように、って一体…。
いつみは神にうかがいを立て、斎月を浄化役にすることを報告した。その上で、斎月を
守護してくれるように願をかける。
斎月は突然、目の前が開けたような感覚を覚えた。ドラえもんのドラがドラ焼きのドラで
あることに突然気づいたある夏の日のように、突然今まで見えなかったものがいきなり見
えた。
そうか、いつみちゃんはいつもこの世界と繋がっていたんだな。
斎月はそこにエネルギーが在るのを感じた。