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町内会附浄化役

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1 浄化役になる日


 町内会の集まりから帰ってきた父の表情は暗かった。
 でも正直こっちはそれどころじゃない。
 なぜなら、家族全員(父はカウントせず)でテレビ野球観戦中に、妹が爆弾発言をかまし
たからだ。
曰く、
「彼氏出来た」

 --なんと。

 我が妹こと井上充輝(いのうえみつき)は、ハッキリ言って、やばい。文芸部所属の根っ
からのオタクちゃんである。部屋はアニメキャラのポスターでいっぱいで、男の子がいっぱ
い出てくる入浴シーンもあり! なゲームをやっていたり、インターネットラジオを聴いてく
すくす笑っていたりする女、それが我が妹である。
 そんななのに彼氏!!
 しかも相手は地元中学の野球部のエースで4番! だと言う。すでにP高校への進学が
決定している地元のスターだ。もうこの時点で充輝は中学生女子としてヒエラルキーの最
上位じゃないか! マジで?

 私なんてさあ、それなりにおしゃれに気を使って、それなりに男子の前ではかわいくよそ
おっているのに、彼氏なんか出来たこともない。
 ……不公平だ。
 そんなわけで、父が沈んでいようが浮かれていようがかまっている場合ではないのだ。
だから、父親の不安そうな顔は見なかったことにする。

「斎月(さつき)ちゃん」
 ところが、父は控えめになぜか私の名を呼んだ。
 なんだか嫌な予感がする。

 父の部屋に入ると、父は無意識にか下座に坐った。
「福島さんの家が転勤でね、急に引っ越しすることになったんだって」
 畳の線をなぞりながら、もぞもぞと父が言う。視線はそらして。どうも様子がおかしい。町
会をしきるのが趣味という、あのうわさの小川さんにでもいじめられたのだろうか。
「……ふーん」
 父はひたすらもじもじとして、一向に話が進まない。私は忙しいんだ。充輝とその彼氏の
出会い、付合うきっかけ、さらにはどこまでいってんのかとか、いろいろと聞かなきゃなん
だから!
「それでどうしたのよ!? 早く言ってよ」
 しびれを切らしてうながすと、やっと父は重い口を開いた。
「それでこれまで福島さん家にやっていただいていた『まちの仕事』を誰かが継がなくては
ならなくなったわけ。……それでだな」
 畳をいじる父の手はいよいよせわしなくなって、イグサを掻き出しちゃうんじゃないかと
心配だ。お母さんに怒られるよ?
 ていうか、待て。福島さんの「まちの仕事」?
「まさかお父さん……」
 「まちの仕事」というと色々ある。町内会長、班長、季節労働ではお祭りの世話役、一円
募金集める人、とかね。しかし福島さんがやってた仕事というのはちょっと特殊で、多分他
地方には存在しない。
「すまん。じゃんけんで負けた」
 開き直ったのか、突然まっすぐ斎月の目をみて、父ははっきりと言い放った。
「えー!?」
「今日からお前が浄化役だ」
 ……なぜだ。

 浄化役とは、その名もずばり土地を浄化する者のことである。
 この鷺州(さぎす)地方(旧地名)には十の町がある。その十の各町内会から一人ずつ選
ばれ、それぞれの町の土地を守るというのが浄化役の仕事だ。神事的な雰囲気の濃いこ
の「浄化」という行為は、鷺州一大きな神社であり、郷社でもある鷺州神社の管轄を受け
ていた。浄化役は頻繁に鷺州神社に赴いて神託を受けるらしい。そういううわさだ。さらに
その鷺州神社の夏祭りの折りには山車の上で舞いを舞わなければならない、という恥ず
かしいオプションまでついてくる。
 正直、斎月にはそれくらいの知識しかなかった。
 ともかく、ものすごーくめんどくさく、そのわりには何のメリットもない、というのが浄化役
なのだ。まあ、町会の仕事なんてそんなもんだけど。

「なんっでお父さんでもお母さんでもなく、充輝でもなく私なの?」
 町内会の仕事というのはだいたい家単位で回って来るもので、ふつうは母親か父親が
するはずである。華の女子高生としては、できれば町会なんて所帯じみて泥臭い組織に
は関わりたくない。
「お父さんは仕事がある。お母さんは家事がある。充輝は来年中三で受験だ。お前は高
一で一番ヒマだろ」
「逆に一番忙しいじゃん! 青春まっただ中じゃん! それに町会長の鈴木さんなんて、
床屋とPTA会長と兼任でも立派にやってるじゃん! たいてい定時で帰ってくるお父さん
なんか適任なんじゃあないの?」
 斎月の反撃に一瞬父はたじろいだ。
「……いやあ、ともかくっ、お前がやるってもう町内会で言っちゃったから! それに斎月
ちゃん」
 突然強気に出た父が、いたずらっぽく目を細めて言った。
「浄化役になるといっぱい、いつみちゃんと会えるよ」
 いつみちゃん……。
 思わずぴくっと反応してしまった。ちらりと見ると、父は満足げな笑顔を浮かべて斎月を
眺めている。なんなんだ、その態度は。ものすごい腹立つ!
「いや! いつみちゃんに会えるからってなんだっていうのよ!」
「またまたー。斎月ったら照れちゃってー」
 照れてねえ! いいことをした、みたいな顔をするな!!
「よかったねー、斎月。がんばってくれよ、浄化役」
 ダメだ。これ以上何を言っても父は聞き入れないだろう。これほど父をうっとおしいと思
ったことはかつてない。
「ちょっと充輝に言ってくる。アイツの方が絶対向いてるよ」
 だってあいつは、なんか世渡りうまいもん。町内会の人ともうまくやっていけるよ。
 居間に走り出ると充輝はすでにチャンネルを変えてアニメを見始めていた。まだ試合は
7回裏のいいところだったのに!!
「充輝!」
「……なによ」
 真剣にアニメを見ながら返事をするので、反応が遅く、喋り方もゆっくりになる。まあ、い
つものことだ。
「なんか、父が浄化役の仕事を引き受けてきたらしい。お前、浄化役やれ」
 充輝は振り返りもせずにテレビのボリュームを上げた。無言で斎月にうるさいと言ってい
るのだ。
「……いやあ、そんな…お姉ちゃんをさしおいてさあ、わたしがさあ、浄化役を…やるなん
てさあ、できない……」
「何を言ってんだ!」
 充輝も父も! 私が浄化役を喜んでやると思ってんの?
 アニメがちょうどCMに入った。そこで充輝が初めて振り返る。満面の笑顔だ。
「よかったね! お姉ちゃん! がんばって! だけどもう、話しかけないでね!」
 強い口調で言う充輝に、なんか急に脱力してしまって、それ以上話し合う気を失ってしま
った。

 世の中は不公平だ。

作品名:町内会附浄化役 作家名:つばな