The Over The Paradise Peak...
BVR 06 CASE “MASAKI”
砲声やら着弾音やら兵器の巻き起こす轟音、更に前線から運ばれてきた負傷兵だろう。時折聞こえる叫び声や悲鳴に、何時しか数百人にまで膨れ上っていた避難者達は、身を寄せ合い、ひたすら祈る事しか出来ない。
「――な、なんで、まさか!」
「はい?」
先程から隣で、B5サイズの携帯端末機を操作していた矢沢が声をあげる。一般的な短距離での様々な規格の無線通信機能を持った物ではあるが、海外での圧倒的なシェアを誇る、初芝製のハイエンドモデルである。
「やっぱり! 電磁遮蔽板かネットでも使ってるんだ!」
「矢沢さん?」
その台詞からして、矢沢が他の荷物の状態を確認するために、通信状態の確認をしていたらしい。
「……畜生、奴ら、奴らウチの荷物を奪う気だ!」
それまでどこかオドオドとした印象だった矢沢とは、まるで別人を見る様だった。
どうやら間違いなさそうである。矢沢はどこかここ以外の場所に保管されているらしい何かとのネットワークを回復しようとしていたのだろう。それが上手くいかなくて取り乱しているのだ。
外で発生している爆発音やら発砲音やらは、既に全く聞こえていないらしい。
端末機を抱えて、しゃがみ込んだ人々の群れを掻き分けるようにして、今は既に閉じられているシャッター横の扉へと向かう矢沢。
明らかに外へ、恐らく駐機場へと向かっている。
「矢沢さん、何処へ行くんですか? 矢沢さん!」
青い顔の伊丹が声をかけるが全く聞こえていないらしい。
そうこうしている間にも、矢沢はどんどん先に行き、既に扉の所まで辿り着いていた。戦争やってるのに、無防備の民間人が、それも目立つ黒のスーツで外に出るなど、自殺行為そのものである。
世界の軍隊の訓練とは、朝鮮戦争の頃から既に、兵士に敵を見た瞬間、反射的に引き金を引くような条件付けをするのが基本(そうでないと、例え戦場であっても、狙って人を殺せるのは全体の二割以下でしかない。だからこそ、訓練方式が定着し、反射反応で人を殺してしまった兵士が大量生産されたベトナムでは、神経症患者が大量に発生したし、麻薬が蔓延り、帰還者達の犯罪が激増したのである)となっているのだ。
激戦になればなるほど敵味方の境界すら判断しにくくなり、当然民間人など、味方ではない対象など、当たり前のように攻撃を受ける事になる。
「僕が行って連れ戻して来ます!」
言うなり後を追いかける正樹。
もちろんほとんど何も考えていない。日本人の同族意識だけで動いている。
「正樹君!」
「久美さんはここでみんなと待ってて!」
慌てて一緒に立ち上がった久美に一声かけると、篠原も立ち上がり正樹に続く。
「私も行こう、一人より二人の方が良い」
こんな時でも冷静さを失わない篠原の存在は、正樹にとっても心底ありがたかった。
二人がかりで血迷ってる(と思われる)矢沢を無理やりにも連れ戻し、そう、高橋あたりに日本人としての見識とやらを説教させてやるのだ。
二度とこんな真似をさせないためにも、である。だいたい荷物と自身の命とどちらが大切かなど、考えるまでもないのだ。
とは言え、出遅れてしまったのは致命的である。
矢沢が無理やり通り抜けた人の輪や集団は、大抵その後ろ姿を見ていて、後から来た正樹達は、逐一声をかけながら進まなくてはならなかったのである。
作品名:The Over The Paradise Peak... 作家名:海松房千尋