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The Over The Paradise Peak...

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BVR 05 CASE “DAOINE”

 目標の空港から一〇キロ近くは離れているだろう。
 ちょうど目標とブラジルとの中間地点である。重機によって切り開かれた、ジャングルの赤い大地に造成された火力陣地。その、射撃の始まった火力陣地の直ぐ脇に、一体の装甲歩兵が佇んでいる。

 チタン合金の骨格にカーボンチューブの筋肉、CFRP(=Carbon Fiber Reinforced Plastics)の外殻に、各所へ特殊装甲を貼り付けた形の、かなり凄みのある外観の対機動歩兵用兵器である。
ただそのごつい見た目とは裏腹に、機体そのものは非常に軽い。

 戦闘機動時には加圧缶内で燃料を燃やし、動力タンクの圧搾空気を更に加圧し道管に送り込む事で駆動するが、ブースト時には道管内で直接燃料を燃焼させ、文字通り爆発的な運動性能を引き出す事も出来る。

 また人の呼吸音程度しか音を立てないとされる隠密行動時には、圧搾空気タンク内の空気だけ、もしくは放熱に気を使わずにすむ場合には水蒸気も使われる。

 ただし動力タンク内の圧搾空気だけでは、戦闘機動を行った場合僅か五分程度しか保たないし、省力機動でもおよそ三〇分ほどしか動けない。

 開発計画が持ち上がった当初の期待――無敵の対人人型兵器――とは全くかけ離れた存在となってしまった兵器であるが、だからと言ってそれは、この種の人型機動兵器の有用性とはまた別の話となる。

 市街地や森林、山岳部等では、高価な多脚型戦闘車両(車輪は無いが陸軍系の部隊ではそう呼ばれる。ちなみに海兵隊等海軍系では多脚戦闘機の呼称が一般的)の投入が難しい――物理的、技術的、戦術的、戦略的、政治的又は経済的に――場合、装甲歩兵の従来型兵器群に対する、圧倒的では無いまでも、その相対的な優位性は用兵側にとっても魅力的であった。
 
 実際この装甲歩兵の兵装を見てもそれは明らかである。

 右手の対物ライフルには、銃身に沿うようにして装着された、槍状の柄を持つ、刃渡り八〇センチを超えるバヨネット(=銃剣。セラミック等の複合素材の刀身に、縁に単分子カーボンブレードを装着)があり、ブルパップ構造を採用していても全長二メートルを超える怪物(90口径)の様な対物ライフルは、やはり銃身に沿って装着されたヘリカルマガジン内の、装弾筒付有翼徹甲弾(20㍉APFSDS)を、秒速二〇〇〇メートル以上の速度で発射する。

 さらに右大腿部には装甲歩兵用マシンガン(12.7㍉MP弾)と、背中にロングソード(=両刃の片手剣。格闘戦が予想される場合は盾も背負ってゆく。本体は主にタングステンを使用した特殊合金、縁に単分子カーボンブレードを装着)をそれぞれぶら下げており、左肩にはJHMCS(=Joint Helmet Mounted Cueing System)連動のミニガンまで装備している。

 一般的には高機動型(実際には格闘・運動能力の向上型)と呼ばれる、搭乗者の全身の動きをトレースして動く、マスタースレイブ式装甲歩兵、いわゆる“軽アーマー(全高2.8㍍)”であるにも関わらず、これだけの兵器を軽く装備するのだ。

 因みにこのマスタースレイブ式装甲歩兵の大きな特徴としては、搭乗者の両腕が入る内腕が機体の胸部もしくは脇腹に当たる部分から突き出している事、脚部の動きをトレース(主に屈伸)するため、前後に対し異様に太い印象をもつ大腿部等がある。

“ディナ、準備はいいか?”

「――全機能正常。いつでも出れます」

“了解、ディナ。右翼の突入を確認次第行動開始せよ、以後コールサインは何時も通りブラッディーマリー、こちらはオルメカだ”

「了解、オルメカ。右翼の突入を――右翼突入を確認!」

“こちらも確認した、幸運を、ブラッディーマリー!”

「ラケシス“戦闘準備”を指示するまで機体左小指の制御を委任する。以後のトレースはスラスタ推力、二タップでアフターバーナー、両足首以下をスラスタの偏向制御に指定、回避と高度は委任する」

 機体制御及び戦術を統括する主コンピューターへの指示を行い発進に備えて腰を落とす。
 即座に小指と両足首にかかる負荷が変化した。

“ラケシス了解”

 ディナと呼ばれた操縦者は同時に、残動力と兵装の再確認を、ほとんど無意識のうちに行っている。

 ラケシスと呼ばれていた米クライスター社製装甲歩兵(30年式『MMA.Crossfire2』)は、硬質の悲鳴の様な吸排気音を響かせながら、背中の ――超小型でありながら、最大推力が各18キロニュートンに達する高バイアス比の――ターボファンエンジン二発に点火し、同時に強力な水潤式ツインスクリュー圧縮機を作動させる。

 JHMCS及び全周モニタの一部に表示されている、めまぐるしく変化する各種パラメーターを読み取りながら、発進のタイミングを計っていたらしいディナが再び口を開いた。

「――ありがとうオルメカ。ブラッディーマリー出ます!」

 偏向スラスタからアフターバーナーの排気炎を迸らせながら、総装備重量一トンを軽く超える(半分以上が増加装甲、武器、装具、弾薬の重量である)高機動型アーマーが軽々と浮上、凄まじい勢いで加速し始める。
 
 地表の堆積物を巻き上げながら地上数十センチから数百センチという超低空を突進してゆく装甲歩兵。

「ラケシス、判明している高脅威目標をマーキング、簡易表示。アクティブレーダーは一〇±五秒でランダム発信。後は戦術記録を参照」

“ラケシス了解、ピケットのバグが一〇時二〇分。距離三〇〇〇〇に高速移動目標を確認しました。NOE中と思われる攻撃ヘリが二機。火力陣地の制圧が目標と思われます”

 戦域情報の表示を確認して口を歪めるディナ。
 火力陣地の防御は、たった二機の戦闘ヘリでどうこうできる程度ではないのだが、戦果によって得られるボーナスを考えると見逃す手はない。

「ヘリをマーキング。最優先。距離が五〇〇〇を切ったら射撃を開始する。射撃終了と同時に戦闘準備」

“ラケシス了解”

 ヘリとの相対速度は時速三〇〇キロ近いだろう。カウンターの目盛りが意味を成さない程の勢いで変化してゆく。

「……いくわよ――飛べっ!」

 ディナの指示を受け、一瞬沈み込み、大地を蹴った瞬間に合わせて、アフターバーナーに点火すると一気に上昇を始めるラケシス。

 耐Gスーツが膨らみ、下半身を中心にギリギリと締め付けられながら、ブラックアウト寸前の頭で必死にターゲットを見据えるディナ。
 
 機体は樹高三〇メートルを超える密林の樹冠を一瞬で突き破り、雲一つない蒼穹へと飛び出す。

 その瞬間、一発五〇ドル以上はするはずの装弾筒付有翼徹甲弾が、一瞬で各ターゲットの未来位置(殆ど修正は要らないが)に向け合計四〇発近くもばら撒かれ、裸眼では芥子粒以下のヘリに向かって飛翔してゆく。

 そして、再び樹冠を抜けて緑の海に沈みゆく直前、初めて敵の存在が、ディナの肉眼と同じ倍率に設定された全周モニタに確認できた。

 片方は炎を吹き上げ急下降、いや墜落しつつあり、もう片方は黒煙を靡かせながら退避行動中。

 攻撃ヘリ二機を撃破。
 一機は撃墜確実。