雨の記憶
ふーぅと溜息をつく、天使の貴人。
「ここまで“翔んだ”んだ?」
貴人の問いに祐斗が頷いた。
誰もが“ぶつかる!”と思った瞬間、祐斗の姿は天使に変わり、貴人を自転車ごとこの公園へ運んだ。今頃は消えた高校生に商店街が大騒ぎになっているかもしれない。だが、祐斗にとってそんな事はどうでもいい事なのだ。
「帰ろう、オレ達の世界に……」
「何て言われて来た?」
「お前を連れて帰ってくるように……って」
「“虹の雫”は?」
「……それは……」
口籠る祐斗。それを見て、貴人が自転車を立て直し跨った。
「帰るわ、俺」
自転車に乗っている貴人を見て、祐斗がアタフタと慌てる。
「“帰る”って、えっと……」
「母さんのとこ」
「え!? だ、だって、お前、記憶……」
「だから、さ……」
自分が離れたら、“貴人”は死んでしまう。大切な母を一人残して……。それが出来ないから、“貴人”は手を伸ばしたのだ。
「一年間、俺、母さんの息子だった。“貴人”と一緒に、母さんと“家族”だったんだ。一緒に笑って、一緒に泣いて……。お互いにお互いが支えなんだよ」
「……だから……?」
「母さんを一人には出来ないだろ?」
微笑む貴人に、
「分かんないよ!」
祐斗が首を振る。
「俺だけが、母さんの支えなんだ。だから、残る。“貴人”と一緒に」
「お前が残っちゃったら、オレ……、オレが一人になっちゃうじゃん!!」
「“天使”はいっぱいいるよ、ヒーロ」
「なんで!?」
「でも、“貴人”は一人っきゃいないんだ」
「やだよ。オレ。他の誰かと組むのなんて、絶対にヤダ!」
駄々っ子のように首を振り続ける祐斗に、貴人がやっぱり微笑む。
「母さんが天寿をまっとうしたら、必ず、戻るから」
「……ヤダ……! 一緒に帰ろう!!」
「人間の天寿なんて、あっちの世界じゃホンの一瞬だよ」
「だったら、帰ろうよ!」
「母さんの悲しむ顔は見たくない」
「……ヒース……」
「だから、そう伝えて」
そう言って笑うと、貴人はペダルを踏み込んだ。
「ヒースってば!」
自転車は瞬く間に小さくなっていく。
「バカーッ!!!!」
涙声で叫ぶ祐斗の姿が、公園から消えた。
「本当に、気をつけてよ」