雨の記憶
折しも、自分がいなくなった為にやみ始めた雨の隙間から、太陽がその光を地上へと注ぎ込む。落ちていく“虹の雫”がその光を吸収し、決して人には見えない筈の“光の玉”が落ちながら輝きを放った。
下界の交差点。横断歩道を渡る人間達。それと平行して走る自動車の列。目映い光がそれらを包み込む。
“キキキキーッ!”
直進する自動車のひとつが、その光に目を奪われた運転手の操作ミスにより車体を左へと移した。左側には横断歩道。渡っているのは、丁度下校時間の小・中学生達。そのひと固まりへと自動車が突っ込む。光に気を取られていた学生達が自動車に気付いて悲鳴を上げながら散っていく。ただ一人、正面にいた少年を残して……。
“ゴン!”
鈍い音がして、少年の体が宙に舞った。“虹の雫”を追って落ちてきた天使の目の前を通り過ぎる。
「……天使……?」
少年が呟いた。死に直面した人間には時々見えるものだと聞いた事がある。
「……死ぬの? 俺……」
質問に答える事が出来ずに、黙ったまま首を振る。
「……死ねない……。死にたくない……。母さんが、一人になっちゃう……」
涙を浮かべて手を伸ばしてくる少年に思わず手を差し出す。同時に、“虹の雫”がこれまでにない光を放ったかと思うと、そのまま……消滅……した。
――――――――――――
「……大丈夫?」
聞き覚えのある声で貴人が目を開けた時、祐斗の心配そうな顔が飛び込んできた。
「……ここは……?」
交差点でも商店街でもない所に自転車ごと移動したかのようだった。
「貴人んちの近所の公園」
微笑む祐斗に、
「お前、俺の事、追いかけて来たのか?」
貴人が問い掛ける。
「ずっと貴人の後ろ走ってたじゃん」
“何言ってんの?”と笑う祐斗。それをジッと見詰める貴人。
――― あの時、消えていく“貴人”の魂に飲み込まれた。天使を捕りこむ事で消えかけていた“貴人”の命は永らえられ、『死にたくない』という意識が、天使を放す事を拒んだ。天使が天使である事を思い出さないように、その瞬間の記憶を自分の記憶と共に光に包み込んだ。
「……何て言われてきたんだ? ヒーロ」
祐斗が、たった今貴人の口から出た名前に目を見開いた。
「何!? いつから?」
「ついさっき。一年前とおんなじシチュエーションで、俺を捕まえてた“貴人”の意識が緩んだんだ」