雨の記憶
『赤道直下の虹は、キレイだったよね』
うっとりと思い出しながら、ヒーロと呼ばれた天使がその玉の向きをクルクルと変える。
『太陽の光が強いからね、あそこ。でも、日本も捨てたもんじゃないってさ』
『誰が?』
『前任の天使。淡くて儚げで、“ワビサビ”の極致だって』
『“ワビサビ”?』
何、それ!? と玉から目を逸らして首を傾げる。
『知らない!』
その答えに、聞いた方も答えた方も手元の雲を叩いて笑い出す。途端に、雲から水分がその場で放出。たちまち、自分達ののっている雲が水を含む。
『あー! ビショビショじゃん!!』
『“ワビサビ”?』
『違う! 絶対、違う!!』
ヒーロが笑いながら首を振ったところで、
『そこ、切り離した方が良くない?』
サラ髪天使が、今しがた濡れてしまった自分達の乗っている雲の端を指差した。水分を含んだ雲は重さを増す。そう、乾いた部分より重くなるのだ。その上、脆くなっているので危険極まりない。切り離してしまわないと、雲ごと崩れ落ちてしまう。
『この辺から?』
『もうちょっと内側からの方が安全かな』
二人で位置を決めて、そこに“虹の雫”の光を少しだけ当てると雲が分離し始めた。
と、
『れ?』
分離した雲と雲の間から、白い球体がフワリと浮き上がって、
『わ!?』
驚いたヒーロがバランスを崩した。
『危ないっ!!』
サラ髪天使が慌てて引っ張る。
『うわわっ!!』
天使は助かったものの、
『“雨の雫”!!』
大事な預かり物が地上へとまっさかさま……。
『取ってくる!!』
しりもちを付いているヒーロの横をサラ髪天使の姿が通り過ぎた。いくら“雨の雫”を取りに行く為とは言え、神の許可なしに地上へ降りるのは御法度である。
『ヒース!!』
自分の代わりに地上へと姿を消したサラ髪天使の姿を雲の上から探すのが精一杯のヒーロの脇を白い風船がフワフワと過ぎていくのだった。
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「雨、止まないね……」
教室の窓から外を眺めて祐斗が呟く。
「梅雨だもん。仕方ないよ」
梅雨時期のチャリ通は結構キツイ。レインコートに傘。少々みっともないが、びしょ濡れになるよりはマシである。
「上がったら、虹、見れるかな?」
ね? と振り返る祐斗に、貴人が首を傾げた。
「……虹……?」
「うん。雨上がりに架かる橋」
「……橋……?」