赤い瞳で(以下略) ep1-2
院長室を出た俺は、外で待っていたらしいみちるさんの先導で、また来た道を戻っていく。
「院長先生、なんておっしゃってた?」
――俺の妹がやったんじゃないかと先生は疑ってるみたいですね。でも、できるわけもないので、警察は動いていないそうですよ。
「そう……」
院長の怖がりようは、見ているこちらが滑稽に思えてくるほどに真剣だった。でも、そんなこと、みちるさんには言う必要もあるまい。
「二年前。……院長先生は、今のような地位にはいらっしゃらなかった。そのときの同僚だった先生方が、あなたの妹さんの病室で、死んでいたのよ」
そうか。友人を、失った――のか。
「先生は、それからずっと、あなたの妹さんを怖がって怖がって怖がって怖がって……。彼女の名前を呼ばなくなったのも、そのときから」
――そうですか。
院長の恐怖の原因は、そこか。
『明日にでも自分が殺されるのではないか、という恐怖』、……ね。
先を歩いていたみちるさんが、立ち止まった。振り向いて、ぼんやりとしていた俺を見た。
「どうしたの? 着いたわよ」
――あ、はい。
院長室に入る前とそっくり同じ会話を交わして、俺は、昼間の明るい病室へと入った。
「あ、更衣さん。お帰りなさい」
にっこりと笑って、アラタ君が出迎えてくれた。
「じゃあ雨夜君、私はこれで」
短く言って、みちるさんは病室を出て行く。俺はそれを見送ってから、自分のベッドに戻った。アラタ君は俺がどんな話をしたのか気にしていたらしく、すぐに話しかけてきた。
「あのー……事件のこととか、聞かれたりしたんですか? 至夏さんに……」
――え? いや、院長に。どうして?
「何がですか?」
――いや、だから……、どうしてみちるさんに聞かれたと思ったのかな、って。
「ああ……、だって、殺された桜坂さん、みちるさんの友達だったみたいですから――……、でも、違ったんですね」
――うん。
俺は肯いて、あの赤い本がきちんと俺の枕元にあることを確認した。まあ、読まれても構わないのだけど、流石に誰かに持っていかれたりしたら、紅也の奴怒るかもしれないからな。
「そういえば、更衣さん」
唐突に、アラタ君は言った。
「更衣さんって、もしかして寂しがりやですか?」
――え?
いきなり何を、と見つめる俺に、アラタ君は「ああすみません急に」、と頭を垂れる。
――いや、いいけど……。でも、いきなりだな。
「あの、えっと。雪花が、さっき来たときにそう言ってたんです」
――え? あの子が……?
「ええ。……で」
俺を見つめて、答えを待つアラタ君。……何と答えれば満足してくれるんだ?
――そうだな……俺は。
「はい」
――俺は……。
作品名:赤い瞳で(以下略) ep1-2 作家名:tei