赤い瞳で(以下略) ep1-2
「お兄ちゃん、さっきのおにーちゃん、友達なの?」
雪花が、僕を見上げて問う。
「うーん、どうだろう。友達って言って良いのか……。まだ、そんなに話してないし」
「ふうん……。何か、優しそうな人だったね」
「え? そう、……かな……」
それはどうだろう。優しくないとは思わないが、かといって特別優しい人ってわけでもないような気がするけど。
「でも、……なんか」
雪花は、ふと表情を曇らせた。
「どうした?」
「あのね。さっきのおにーちゃん、何だかすごく、寂しそうだったな。それに、自分でも気付いていないような――」
「……更衣さんが? 本当に?」
僕は耳を疑った。あの更衣さんが寂しがりだとは、どうしても思えない。
特に、あの無感動な、
目…………。
「目がね」
雪花が言う。
「目が、何も映してなかった」
「え……と……。何?」
「…………」
雪花はしばらくの間そのまま黙っていたが、急ににっこりと笑って、なんでもないと首を振った。
「それよりお兄ちゃん。もうそろそろ退院だね」
まるで、今までの話などしていなかったかのように。雪花は、話題を急に変えた。雪花にしては珍しいが、たまにはあるのだ、こういうことも。
「うん。そうだね」
「お家に帰ったら、おばあちゃんがケーキ作ってくれるって」
「本当? 楽しみだな」
極々普通の会話。日常的な、会話。
でも、ココはすでに、非日常の場だった。殺人事件のあった病院……不安と恐怖と疑心の塊のような場所だ。
「早く帰りたいなぁ」
「そうだね、お兄ちゃん」
本当に、早く家に帰りたい。入院生活も、これだけ長くしていると慣れてしまってはいたが……、昨夜のことで、本当に参った。
同じ病院の、同じ階の、年下の子供と看護師が、僕の知らない間に、殺されていたのだ。もう、全く本当に。
帰って、ゆっくりしたい。
「お兄ちゃん、疲れてる?」
「……ん、ううん。そんなことないよ。心配しない心配しない」
「……うん……」
雪花は不安げに僕を見た。僕はその頭を撫でてやり、ついでに髪を結びなおした。
「そういえば、雪花?」
「何?」
「この頃、町で通り魔が出没しているんだって。雪花も、気をつけて帰るんだぞ」
「うん。でもお兄ちゃん。テレビも新聞も見てないみたいなのに、どうして知ってるの?」
「更衣さんが言ってた。刑事から聞いたんだって」
「へえー、刑事さんって、テレビドラマとかでよく見るよね。格好良いなぁ」
雪花はくすくすと笑う。そして、時計を見て、次に僕を見た。
「もうそろそろお昼だから、雪花、帰るね」
「うん。何だったら、ここでお昼食べてってもいいのに」
「ううん、おばあちゃんが造って待っててくれるから。……それじゃあ、また来るね、お兄ちゃん」
「うん。じゃあ、本当に、気をつけて……」
雪花の小さな後姿は、はねるようにドアの外に消えた。僕はそれを見送ってから、ため息をついて呟く。
「更衣さんが、寂しがり、ねえ……」
作品名:赤い瞳で(以下略) ep1-2 作家名:tei