赤い瞳で(以下略) ep1-2
みちるさんの背中を追いかけながら俺は、これから始まるであろう、公開処刑のような会話に、思いを馳せていた。
きっと、話というのは他でもない――。
「話って言うのはね、他でもない、あなたの妹さんのことなの……雨夜君」
みちるさんは、前を向いたままで言う。……やっぱり、な。
――そうですか。
とだけ、俺は答えた。みちるさんも肯いて、そうなの、と言った。
「でも、話すのは私じゃない……あなたも分かっているだろうけど」
院長先生よ、と。
みちるさんは無感情な……、あえて、というか努力して感情を抑えた声で、そう言った。
――そうですか。
とだけ、俺は言う。みちるさんはもう肯かず、相槌も、打ってはくれなかった。
「あの娘ね――、桜坂花弁ちゃん、ね……」
私の友達だったの……、親友だったのよ、と。
みちるさんは、それだけ、言った。決して、俺のほうを向こうとはせずに。
――そうですか。
と、俺は。
ただ、それだけを言った。
――あ、そういえば、みちるさん。
何? と、みちるさんは歩きながら聞く。先ほどと同じように、全くの無感動な声で。
――刑事から聞いたんですけど、街でナイフ通り魔が出没しているそうですね。
「……ええ、そうみたいね」
会話はそこで途切れ、俺は歩きながら窓の外を眺める。やはりここからでは、この病院が位置している場所が、全く特定できない。街の全景がある程度見渡せるので、山や高台かと思うのだが、この街には、そんな山はなかったように思う。ならば、この病院のこの階が高いのかと言えば、そんなこともなく。
一体、ここはドコなのだろう?
「どうしたの? 着いたわよ」
みちるさんが、振り向く。ようやく、俺を見る。
――ああ……、すいません。
俺はみちるさんに続いて、院長室の扉をくぐった。
――失礼します……。
挨拶をし、俺はみちるさんが示してくれた椅子に腰掛け、正面のデスクに座る院長を見上げた。背後で、みちるさんが出て行くのを感じる。一陣の風が俺の髪を揺らし、それからは何も入ってこなくなった。
「さて。はじめまして、かな……更衣、雨夜君」
院長は低い、落ち着いた穏やかな声で、俺の名を呼ぶ。
初めて会う人だ。予想していたのより遥かに若々しく、声も明朗としていて、印象が良い。眼鏡をかけていたりするわけではないが、なんとなく、聡明な感じを受ける。声と同じく穏やかな茶色い瞳が、俺を捉えている。
――はじめまして。
俺が軽く礼をすると、院長先生は微笑んだ。
「私の名前は、まだ聞いてないかな。小波彼亜(ささなみ かのあ)です。よろしく」
――よろしくお願いします。
頭を下げながら、俺は考える。小波……小波医院、か?
「さて、と。君をここに呼んだのは、他でもない、今回の殺人事件についてなんだ」
――はい。
「それで、刑事さんたちは全く考慮していなかったみたいなんだが――……」
君の妹さんがやってしまったんじゃないかと。
「僕は、思ってしまったんだ。いや、そう思えて、ならなかった」
院長は、目線を俺から机に移して、話を続ける。
「前に……二年前、君が発見した、あの事件……君が、両親を失ったあの事件も、……君の妹さんがやったね」
――…………。
はっきりした事実は未だ闇の中であるが、他人から見れば妹が両親を殺したように見えるのも当然だ。俺は肯くことはせず、ただ黙って、院長の話を聞く。
「今回も、切り刻まれて、男の子と看護師が殺された……。私はね、怖いんだよ。いくら『あの子』に、厳重な牢を与えたとしても。『あの子』はそれを抜けて、殺人を行うのではないか。どんなに警戒しても、どんなに注意を払っても。どんなに考慮しても、どんなに配慮しても。どんなに心配しても、どんなに気をつけていても……。『あの子』はまるでそのために存在しているかのように、人を殺し続ける」
――…………。
「……なんてね。はは……、馬鹿みたいだろう? あんなに厳重に、あんなに慎重に、扱っているというのに。それでも『あの子』のことを、こんなに怖がるなんて。
――…………。
「でもね。単純に恐怖なんだ。怖いんだよ、更衣君」
院長は、俺の目を見つめた。
「明日にでも自分が殺されるのではないか、という恐怖を、抱いたことがあるかい?」
――…………。
その目の中には、嫌になる位無表情な、俺の顔が映っていた。
作品名:赤い瞳で(以下略) ep1-2 作家名:tei