赤い瞳で(以下略) ep1-2
その後。
ところで、神っていうのは何なんだ、と俺が聞いたところ、紅也はこう答えた。
「器とされる人間一人を依り代に生まれ、天地を再創造する役割を担っている存在」。
――…………。
沈黙する俺に、紅也はそれだけ? とでも言うように首をかしげた。もっと他に質問はないのか、とでも問うように。
器とされる人間を依り代に、ってどういうことだ、と俺は聞く。
「そのままさ。良い? 『天使』にしろ『悪魔』にしろ、その存在の鍵は人間の存在にある。今のこの世界上では、人間の存在は僕らやあいつらにとってものすごく重要なことなんだ。だから、『天使』が誕生させたがっている神を創り出すためには、鍵――……人間が一人だけ、必要になるんだよ」
言ってしまえば、その人間一人以外の全ての動植物は、あいつらにとって不必要だと、そういうことになるんだな……と。
紅也は言った。
――じゃあ、天地を再創造、っていうのは?
「これもそのままだよ。『天使』っていうのは、基本的に鍵となる存在の監視という役割を担っている。鍵っていうのは、ある時世界上で最も重要とされる存在のコト。さっきも言ったように、今なら人間だね。あいつらは、鍵となる存在が発展していく様をじっと監視し続ける。あるときは手助けし、あるときは突き放し。そして鍵がどこか一定の場所にまで登り詰めたとき……、あいつらは新しく神を生み出し、一旦世界を崩壊させ……、そしてその神に、天地……この世界そのものを再創造させる……」
――……なんなんだよ、……その、やけにスケールのでかい話は。
「でも、こんなこと。もう数える気すら失せるほど、繰り返されてきたことなんだよ。その間、全てにおいて対極に位置する『天使』と、僕ら『悪魔』だけが、その気の遠くなるような程の歳月を経てきたんだ」
――……え、じゃあ結局、鍵となる存在は人間ばかりだったってことか? そうなるよ……な?
「そう、その通りだよ。『天使』たちがいくら、神による創造交代を繰り返しても――……結局、鍵となる存在は、人間になるばかりだった……」
赤い眼が不意に俺から逸らされて、紅也はふうと息をつく。
「『天使』たちは、人間以外の生物が鍵となって欲しいんだ。人間は、罪を無尽蔵に生産するイキモノだからね。そのために何度も神を誕生させ、世界の崩壊を試みた……。そして今回が、その最後の試みとなるはずだ」
――ああ? なんだそれ、どういう意味だよ?
意味がつかめず問う俺に、紅也はようやく視線を合わせて、ふっと微笑んだ。
「今回で、あいつらはそれを終わらせようとしている……神を誕生させ、鍵となる存在を自分たちにしてくれるよう、請うつもりなんだよ」
――え?
「つまり、神と『天使』だけの世界。人間もその他の動植物も……『悪魔』でさえも」
この世から永遠に消し去るつもりでいる。
そう、紅也は言った。
「あいつらは今までにも、そういうことを、考えてはいたんだ……。けれど、実行に移そうとしたことはなかった。世界のバランスが崩れるからね。だけどとうとう、やる気になってしまったらしい……。痺れを切らしたのかもね。まあ、絶対に成功するとは言えない、むしろ賭けみたいなものだけど、……この計画は、あいつら以外には何の利益ももたらさない……。それでね、僕ら『悪魔』は」
神となる器の人間を探し出して、殺してしまわなければいけないんだ。
「そうしないと、僕らは困るからね」
相変わらず美麗な笑顔で。
赤い悪魔は、そう言った。
「それじゃあそろそろ僕は行くよ。君にも、しなくちゃいけないコトがいろいろあるだろうしね」
――ん、ああ……。
紅也は意味も無くその場でターンして、スカートをひらめかせた。
「ふふん。スカートって良いよねえ」
――お前は変態か。
「でも、涼しくて良いんだよ?」
――あ、そ。
呆れて、俺は目をそらす。紅也はそれ以上しつこくせずに、鼻歌を歌いながら、棚の上に置いておいた赤表紙の本を手に取った。
「これ、返してもらうね。もう必要ないでしょ」
――ああ、そうだな。
「それじゃあお大事に。……ああ、そうそう」
病室のドアに手をかけて、紅也は振り向いた。
「心残りの無いように、この一日を過ごしなよ?」
――…………。
言葉を返せないでいる俺に構うことなく。
紅也は、似合いすぎるスカート姿で、病室を出て行った。
作品名:赤い瞳で(以下略) ep1-2 作家名:tei