赤い瞳で(以下略) ep1-2
「で、今日来たのはね」
言って、紅也は薄く笑ったまま、椅子に腰を下ろす。
「雪花ちゃんが言っていた、『白い男』について、話しておこうと思ったんだ」
――…………。
『白い男』。
全身を白色で統一している、髪と目だけが黒い男。
雪花に嘘の記憶と情報を植えつけた男。
「そう、その男。そいつの正体はね、『天使』さ」
――天使……、って、あの天使か?
「うん。まあ、人間の観念からしたら、その呼称が最も適当なトコロだろう、ってだけだけどもね」
――ん。ちょっと待て。ってことは、お前が『悪魔』だっていうのも……?
「ああ、まあね。大体、モノやらイキモノやらに名前をつけるのなんて人間くらいだしね。人間の観念からしたら、僕は『悪魔』なんだよ。そうだね、ひょっとしたら僕も、ある種の人間からしてみたら『天使』なのかもしれない。また別のイキモノからしてみれば、同類ってことになるのかもしれない……」
――観念……要するに、捉え方のモンダイ、って訳か。
「ま、そういうこと。そう、それで話に戻るけど……『天使』はね、神の再誕を望んでいる」
――……あの……神、っすか……。
「うん」
紅也は肯いてから、何かに気付いたようにぽん、と膝を打った。
「そっか、ここ日本だもんね。そういう『観念』はなかなか浸透してないよね」
そうして、てへへと笑う。
「つまりは、『天使』たちが、彼らが『神とする存在』を、この世界上に誕生させたい、と」
そういう訳なんだよ、と紅也は言う。
――そういう訳ってどういう訳だよ。
まったく意味が分からずにそう聞き返すと、紅也は辛抱強く説明を続けてくれた。
「つまり、『天使』たちは、『神』という存在を造りたい。けれどそれには、必要なものがある」
――それは?
「罪なき世界。もっと言ってしまえば、罪を作り出す存在である『人間』の、いない世界」
――人間の……いない……。
「うん、そう。ええっとね。……人間って、自分たちを中心に据えて考える傾向があるけれど、実際には、そんなことはないよね? 人間が絶滅したところで、世界が崩壊するわけでもないし――……この地球だって、人間がいなくなったからといって困る事は何も無い。人間という動物を特別視しているのはあくまで人間であって、……その活動が環境に影響を及ぼすことはあっても、世界の存在自体を揺るがすことはない……。ここまでは、一般常識として、分かるでしょ」
――ん……まあ。
「でもね。『天使』たちや、僕ら『悪魔』にとっては、それがなかなか特別なモンダイなんだよね」
はあ、とわざとらしくため息をつく紅也。
「『天使』は、神を誕生させることを目的に存在している。そのためには人間を全て排除……もしくは人間の生み出す『罪』を全て排除するしかない。対して僕ら『悪魔』は人間の魂を糧にして存在している。人間との契約、それによって得ることの出来るモノに頼って、存在している……」
――対極的だな。
「そう、そうなんだ。それで、昔から『悪魔』と『天使』は対立してきた。『悪魔』は人間を守ろうとしてきたし、『天使』は人間の『罪』を喰らい、時にはその存在の消滅すら図った――」
――おいおい、そんなすごいことになってたのか?
話のスケールが拡大していく一方なので、俺は思わず声を上げる。紅也は何てこともなさそうに肯く。
「うん」
――そういう「物語の背景」的なことは、先に言っといてくれよ……。で、……存在の消滅っていうのは?
「殺害、もしくは事実上の抹消。『天使』は、雪花ちゃんの例でも分かるように、人間の記憶を操れるからね。その人間を殺して、その人間に関する記憶を全て消してしまえば、それでその人間は完全に、この世から消える」
――うえ……。ヤな話だな。
「でしょ。あいつら、基本的に悪趣味なんだよね……。真っ白な格好、っていうのもあいつらの鉄則みたいなものでね――……僕ら『悪魔』みたいに自由でもないし……」
――そうか、……そうだったのか。……ああ、そういえば雪花に嘘を吹き込んだ『天使』はどうした?
「え?」
――あの夜、お前が遅れてきたのは、そいつをどうにかしてたからなんだろう?
「ああ、……うん」
紅也は若干気乗りのしない様子で肯き、そして言った。
「『あれ』はね――……、食べちゃった」
――……ふうん……。
「うん……」
――……美味しかったか?
「ううん、美味しくはなかったよ。……というか」
無味だった、と。
紅也はそっけなく――どこか決まり悪そうに、そう言ったのだった。
作品名:赤い瞳で(以下略) ep1-2 作家名:tei