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赤い瞳で(以下略) ep1-2

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「雨夜君……、何? こんな時間に屋上なんかに呼び出して……」
 みちるさんは、暗闇の中でそう言った。微かな花の香り。
「明日退院だからって、あんまり無茶されると困るのよ。怒られるのは――……」
――みちるさん。
「何?」
――俺があなたを『こんな時間』に呼び出したのは、他でもない……、あなたの罪について、話したかったからなんですよ。
「何の話かしら……急に改まって、どうしたの?」
――……分かっているでしょう? 俺が言いたいことぐらい。
「さあ、分からないわ……」
 時刻は夜中の十二時。場所は屋上。
 真っ暗闇の中に、俺とみちるさんの二人きり。みちるさんの姿……輪郭が、かろうじて判別できるほどの、朧気な月明かりしかない。お世辞にも暖かいとは言えない、夏の夜。肌寒い風が吹き抜けていく、そんなシチュエーション。
――あなたは、……いや、あなたが、桜坂花弁看護師と、宇野友仁君を、殺害したんですね。
「…………」
 一瞬の間があって。
 みちるさんはくすくすと笑って、俺に近付く。かつん、かつん、と足音が妙に高く響く。
「私が?」
――そうです。
「何故?」
――さあ?
 くすくす、と。
 みちるさんは――……
 俺のすぐ耳元で、ささやくように笑った。

 どうして俺は、みちるさんを屋上になど呼び出したのだろう。
 罪を背負った人間が、次に何をしようとするか、分からなかったわけではないのに。
 罪に耐え切れなくなった人間が、
 罪を負っていくことに疲れた人間が、
 罪の重さに負けそうになった人間が、
 次に何を選ぼうとするか――……どうやって罪を放り投げようとするか、考えなかったわけではないのに。
 罪を負うことは、つらい。
 罪と共に歩むのは、苦しい。
 誰か――それが、『通り魔』であれ、殺人容疑のかかっている意識不明の『患者』であれ……誰かに、罪をなすりつけようとしたくなるのも、無理はない。
 そして、その罪を……
『死』によって贖おうと考えることだって。
 決して、おかしなことじゃない。
 俺は、間違ったのだ。
 決定的に。
 タイミングを。場所を。時刻を。
 紅也の言葉の、意味を。
 どうしようもなく、間違えたのだ。もう、後戻りもできないほどに。
 みちるさんは、俺の傍を通り過ぎて。
 そのままかつかつと、足音を響かせて。
――……っ……! みちるさん……!
 彼女が何をしようとしているのか。ようやく気付いた俺は、彼女の足音を追いかける。
 かつん。
 足音が、止まる。思いとどまってくれたのか? ――いや。
 そこは、多分。
――みちるさん、だめだ……。
「だめ?」
 月が、雲の割れ目から光を落とす。屋上の柵を乗り越えた、みちるさんの姿が浮かび上がった。その姿は、とても危なげで。儚げで。今にも――壊れそうな……。
――みちるさん、死なないで下さい。死ぬなんて……だめです。
 俺はそろそろとみちるさんに近付く。走って刺激するのは、かえって危ない。
「でも……私は……」
 ふっと微笑んで……みちるさんは、俺にウィンクして見せた。
――…………。
 一瞬意味が分からずに、俺は戸惑った。みちるさんはそんな俺に。
「気付いてくれたのは、君だけだったよ」
 そう言って、足を一歩――……。
――ちっ。
 俺は舌打ちをして、走る。
 とにかく、走る。
 距離にして数メートル、フェンス越しのみちるさんの体が、ゆらりと後ろに傾き――
 落ちていくのが見える。
 まだだ。
 まだ……まだ、間に合う。
 俺は、できる限りまで腕を伸ばす。
 みちるさん。
 あなたはまだ、死んではいけない。ましてや、自殺なんて。するべきではない、してはいけない。いや……俺は……。
 幸いにもフェンスは低く、俺が飛び越えるのは楽だった。
 みちるさん。
 俺はあなたに、死んで欲しくはない。
「……っ!! 雨夜――君!?」
 みちるさんは、大きく目を見開いて、俺を凝視する。そうだ、まだ間に合う。
 俺は思い切り……できる限りなんてものじゃなく、きっと限界をとっくに超えて――……腕を、伸ばした。
 俺はあなたに、生きていて欲しいんだ。
作品名:赤い瞳で(以下略) ep1-2 作家名:tei